夢が醒めなくて
「……財産狙い、って。図々しい、って。媚びてる、って。」

シャツが、希和の熱で温かくなり、じんわりと生ぬるく濡れて、冷たくなってゆく。

「ほんまに、何も知らんアホやな。……希和が媚びてるとこなんか、俺、見たことないわ。財産って、既に希和には俺と由未と同じだけ相続する権利があるのに、それ以上、狙う必要なんかないのにな。……恥ずかしいやっちゃなあ。」

ガバッと希和が俺から離れて起き上がり、ぐちゃぐちゃの顔で俺に言った。

「死ね、って……」
「あかん。」
即答した。

希和はキョトンとした。

「あかん。絶対あかん。」
俺は、もう一度繰り返した。

「……死ね、なんて書くことがヒトとしてダメ、って意味?」
そう聞かれて、ちょっと笑ってしまった。

「いや。書いた奴のことなんか、どうでもいい。そうじゃなくて、絶対死んだらあかん。誰に何て言われても、死んだら全て終わりや。死人に口なしや。不利過ぎる。……希和は、誰よりも幸せに生きるんや。」

俺が、希和を幸せにしたい。
俺が、希和を守りたい。
この想いを、いつになったら伝えられるのだろうか。

希和、早くオトナになれ。

そして、俺。
早く、社会人として、男として完璧になれ。


「しょーもない落書きするような奴は人間が小さいし、品性が下劣やから関わりたくないやん?……たぶん、無意識に希和の眼中には入ってない子なんやと思うわ。くだらん話しかしてへんような子なんやろ。無視されてるって逆恨みしてるんかもな。希和を傷つけたいねんろうけどな……そんなんに付き合う必要はないやん?むしろ希和は、書かれてることを強調して見せつけてやったらいいわ。幸せオーラ全開で。」

俺の言葉に、希和は首を傾げた。
「偉そうに?媚びるの?……何か矛盾してるね。」
そう言ってから、希和はクスッと笑った。

「な?矛盾してるやろ。てか、どこも一貫してへんわ。悪口の凡例を羅列しただけ。気にすんな。」
「……そっか。じゃあ、朝秀くんか坂巻くんと付き合ってみようかな。」

何気ない一言だった。
本気じゃなく冗談なのだろう。

でも俺は
「あかん!」
と、即答していた。

俺にしとけ!……そう言ったら、希和はどんな顔をするんだろうか。
……恐すぎて、想像できんわ。

臆病だな、俺。

希和のことだけは。
< 211 / 343 >

この作品をシェア

pagetop