夢が醒めなくて
「黄砂が堪えるゆーてたな。……遠慮せんとマスクしてたらええのに……」
どうせ、あいつのことだから、恭匡さんや俺たちに恥をかかせたくない、とか思ってんだろうけどな。
何よりも最優先にすべきなのは、由未の身体に負担をかけないことなのに。

「希和は、えらかったな。お母さんより、由未より、ちゃんとお客さまに社交できてたなあ。お父さんも感心してたで。」
そう褒めたら、希和はうれしそうにはにかんだ。

「孝義(たかよし)くんに教わったん。お母さまが、お客さまにどうご挨拶してはるか聞いてもろて。」
……あっ、そう。
一気に俺のテンションが下がった。

希和は、いつの間にかお友達を苗字ではなく名前で呼ぶようになっていた。
朝秀くんは春秋(はるあき)くんに、坂巻くんは孝義くんに昇格してしまった。

……俺のことも、名前で呼んでくれないかな……

「そういや、今年は坂巻くんのご両親、揃って来てくださったんやな。……希和のおかげやな。」
うちみたいな新興の成金の家に大寺院の猊下夫妻のお越しとあって、父親は上機嫌だった。

「春秋くんとこも来てくれはったよ。繊細な作風が信じられへんぐらいギラギラしたお父さま。」
うん、まあでも、朝秀冬夏氏とはもともと付き合いがあったからな。

「あ。そうや。由未お姉さんや百合子さんが習ってはるってゆうお茶の若宗匠?あの人もギラギラしてはるように見えた……ってゆうたら、失礼?」
希和は遠慮がちにそう聞いてきた。

お、挨拶しかしてないだろうに、よくわかったな。
百合子よりよっぽどわかってるじゃないか。

感心しかけたけれど、後から気づいた。
希和は、トラウマがあるから、迫ってくる男に恐れを抱くってことを。
不憫だ……。

「正解。かなりギラギラ。せやから、希和はあいつに近づいたらあかんで。」
真面目にそう言ったら、希和は息を飲んでから、神妙にうなずいた。
かわいいな。

つい頭を撫でたくなったけど、何となく手を引っ込めた。
……トラウマを刺激したくなかったのと……いつまでも子供扱いしてると気にしてるみたいだから。
あ~~~~~~~~、けっこうつらいかも。
手を伸ばすまでもなく触れられる距離に、愛しい子がいるのに。
少し首を伸ばせば、唇だって簡単に捉えられるのに。


やるせない想いを笑顔で覆い隠して希和を学園の門の前で下ろした。
「希和子ちゃん、おはよ。」
いつも通り朝秀くんが待ってくれていたのを確認して、彼に会釈してから車を出した。

グラウンドでは、あいかわらずたいして巧くないサッカー部の連中が賑やかに走り回っている。
小さかった坂巻くんは、今ではスラリと背も脚も伸びた。
もともと筋肉質な奴だったが、既に男の俺の目から見てもイイ身体になってやがる。

……いつか希和を横からかっさらっていく奴がいるなら、坂巻くんだろうな。
そんなモヤモヤを消化できないまま、会社に向かった。
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