夢が醒めなくて
一年間、秘書の原さんと禅問答を重ねて、ようやく俺はマル秘資料から解放された。
次に派遣されたのは、法務課。

うち、そんなのあったっけ?
本社のことは勉強してきたはずなのだが、俺は法務課の存在をよく知らなかった。
てか、組織図にも載ってないし、専用の部屋もない部署のようだ。
……知らないはずだ。

「表向きは、秘書室配属ということになります。が、実務としては、私に同行していただきます。」
原さんにそう説明され、俺は苦笑した。
「つまり、原さんの秘書ですね。」

ニコリともせずに、原さんは続けた。
「昔、義人さんは私のことを『インテリやくざ』と表現されましたが、実に言い得て妙だと感心したものです。……実際に義人さんがどこまで把握してらっしゃるか存じませんが、まあ、そんなもんです。」

……食えないヒトだ。
確かに俺は、原さんを『インテリやくざ』と表現したことがある。
でも、そう何度も口にした覚えはない。

このヒト、真面目に盗聴器とかしかけまくってんじゃないか?
そして、俺が会社のコンピューターにハッキングをかけてたこともバレてる……気がする。
怖ぇーーーーーっ!


原さんが早朝から深夜まで俺の父親に仕えてくれてることも、土日でも父親が動く時には必ず同行してくれることも、もちろん知っていた。
でも、その原さんと同行するというのは……俺の時間はほぼなくなるわけだな。
まさに滅私奉公、か。

もちろん原さんは、別に俺をいじめるつもりでそんなことを命じてるわけでもない。
現に、大学院のゼミや講義に行く時間だけじゃなく、毎日希和の送迎も保証してくれた。
……俺を禦するのに、希和を利用するのは非常に有効だと思うわ、うん。

しゃーない!
がんばるか。

こうして、原さんにこき使われる一年間が過ぎてゆく。
本気でやばい人脈も管理しているんだな、原さん。
昔ながらの地元極道はともかくとして、全国的な非社会的組織も、いわゆる総会屋さんも、原さんが折衝するんだ。

「原さんって、何者ですか?」
ある日、ダメ元でそう聞いたら、原さんは意外と真面目に答えてくれた。

「父はやくざの鉄砲玉で私が生まれる前に死にましたし、母は私を産んですぐに死んだので、よく知りません。社長が拾ってくださるまでは、ただのクズでした。」

「……そうでしたか。」
じゃあ、原さんも施設育ちか。

詳しく聞きたいような、聞いちゃいけないような……困った。
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