夢が醒めなくて

「それで希和に優しくしてくださるんですね。ありがとうございます。」
とりあえず、前から一度ちゃんとお礼を言いたかったので、そう伝えてみた。

原さんは、口を閉じてしまったけれど、否定はしなかった。
それで充分だ。

ニコニコしてる俺に、原さんは、多少イラッとしたのかもしれない。
しばらくして、原さんは威厳たっぷりに言った。
「ああ。義人さんに、縁談が来てますよ。これも付き合いと割り切って、嫌でも一度は逢っていただきたいのですが。」

角が立たないように、そっちで断ってくれればいいのに。
これから、縁談、けっこう来そうだな。
あー、めんどくさ。



昔は、色んな女の子からしょっちゅう告(こく)られてた。
ずるい俺は断らずに、複数の女の子たちと同時につき合うことを前提に堂々と漁色生活を送っていた。

結局、一番大切な女性を失ったのは、俺のそんな阿呆な行状所以かもしれない。
うっとおしがられても、カッコ悪くても、意地を張らずに、一途に彼女だけを愛し続けていたら、あるいは……。
　
「またお見合い？……どうせ断るのに、また？」
父親の秘書の原さんは、降るような縁談を巧みに利用して、それすらもコネクションに仕立て上げる。
その手腕には感心するが、付き合わされる母親と俺はたまったもんじゃない。

「もー、いや。めんどくさい。『あとは若い人同士で』って送り出した後、お父さんはガッツリ商談するのよ。残された先方のお母さまと私の気まずい無意味な会話、想像つく！？」
母親はヒステリックにそう嘆いて、希和に慰められていた。

「いや、まあ、俺のほうも、無意味で疲れる会話してるで。惚れてもろたら困るから、必死。」
今は、誰と見合いしても、結婚とかないし。
だから、希和、そんな目で見ないでくれ。
……昔の報いかなあ、これって。
希和に呆れられたくなくて、身綺麗にしてきたのに、今度はビジネス縁談だ。

「ご苦労さまです。」
そんな言葉で希和に送り出されるばつの悪さと言ったら……何もかも放り投げて希和を連れて逃げたくなってしまう。

もうすぐ希和は高校生になる。
誕生日が来れば16歳だ。
……親の承諾を得れば、結婚できる歳だ。

俺の意志を伝えて、希和にも俺を男として意識してほしい！と思う反面、トラウマのある希和が俺に対して恐怖心を抱いてしまったらという恐れも強い。

前向きに検討してもらうためにも、気持ちを知ってもらったほうがいいと思うんだけど……希和が俺を拒絶した時に家に居づらくなってもかわいそうだし。