夢が醒めなくて
「ちゃっちゃと終わらせてすぐ帰ってくるから、あとで一緒に梅宮神社でも行かへんか?あそこの古木、好きやろ?」

出がけに希和をそう誘ったけれど、
「孝義(たかよし)くん家(ち)で春秋(はるあき)くんも一緒に、期末テストの勉強するから。」
と、断られた。

「じゃあ、迎えに行くわ。」
そう食い下がったら、希和は顔を歪めるように苦笑した。

「過保護。」

……否定できないけどさ、保護者のつもりじゃないんだ。
ただ、希和を守りたいし、少しでも一緒にいたい……それだけなんだ。

「希和ちゃんもあと少しで高校生だもんねえ。」
感慨深そうな母親に同調する言葉が見つからず、俺は黙って車を運転する。

行き先は、南座。
ホテルのレストランの個室や料亭での見合いが多い中、今日は先方のお嬢さんの希望で劇場での顔合わせとなる。

客席の向こうの対面の桟敷席にそれぞれの家族で座って一幕を観て、幕間に一緒に昼食。
二幕は、「若い人同士」と「母親同士」に別れ、父親たちはロビーで商談か?

「どうせなら歌舞伎がよかったわ。……喜劇じゃ雰囲気出ないわねえ。」
「まあ、喜劇なんじゃない?この企画自体が。」
母親と俺にとっては時間の無駄以外のナニモノでもない。
行きしは父親と別の車なので、母親は遠慮なく愚痴れるらしい。

「あら。あちらのお嬢さんも、乗り気じゃないってこと?それなら、気楽でいられるわねえ。」
「そう願うよ。いつも通り、期待させないように気をつけるわ。」

ところが、真正面の桟敷席に座った着物の子を、俺は知っていた。
彼女も俺と目が合うと、顔見知りと気づいたらしい。

ちょうど2年前に、お茶事に同席した子だ。
……必然的にあの夜の百合子を思い出して胸が少し痛んだ。

まあ、そんな百合子も昨秋結婚した……社会は晩婚化傾向なのに、俺の妹たちは何でまたそんなに早く片付くんだろうな。
まあ、幸せそうだから文句はないけど。

「義人?知り合い?あのお嬢さん、手を振ってらっしゃるわよ?」
母親に肘でつつかれて顔を上げると、確かにぶんぶんと手を振られていた。

「一度、お茶席で一緒になったことがあると思います。確か……さやかちゃん、と言ったかな?」

「十文字さやかさまです。そうでしたか。お知り合いでしたか。ご縁があるのかもしれませんね。」

意味ありげに、原さんがそう言い置いて桟敷を出て行った。
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