夢が醒めなくて
……さやか嬢、もしかして馬鹿女の演技してる?……まさかね。
いや、でも。

彼女の持ち物は、キャラと合ってない実用的なモノなことも気になった。

ファーバーカステルのボールペンなんか選ぶように見えないんだけど。

終演後、さやか嬢に誘われてお茶を飲んだ。
心配そうな両親達と別れると、さやか嬢はガラッと口調を変えた。

「橘さん、結婚されたんですね。」
「秋にね。相手の男も東京で宗和に習ってるわ。」
「へえ……」
興味なさそうな相づちの後、さやか嬢は俺にニッコリと笑顔を作って見せた。

「結婚、してもいいですよ?私。義人さんなら。」
……どういうつもりだろう。

「いや、丁重に、お断りします。俺、今はそんな気ないから。」
さやか嬢は、俺をじっと見てから、うなずいた。

「うん。私も、ない。今は。でもね、義人さん、都合がいいのよね。……ねえ?付き合ってるふりだけでもいいから、付き合わない?」
……変な子だな。

「何で?彼氏へのさや当て?それともお見合いが続いて、めんどくさくなった?」
事と場合によっては協力してもいいけど、と、俺は水を向けた。

さやか嬢は、ニッと笑った。
「全然違う。父の会社をね、乗っ取りたいの。」

「……継ぐんじゃなくて?」
物騒な言葉遣いだったので、念のために確認した。

さやか嬢は髪をクシャッと掻きながら顔をしかめて言った。
「継げないわよ。うち、恐ろしく男尊女卑だもん。だから乗っ取るの。ね!迷惑かけないから、準備が整うまで、付き合ってよ。」

「えー。嫌やな。」
迷惑かけない、って言ってもそういうわけにはいかないだろ。
合コンで知り合ったんじゃなくて、一応、見合いなのに。

「じゃあさ、契約書交わそう。期間と約束事と報酬も決めて。」
さやか嬢はそう言って、すっくと立ち上がった。
言いたいことだけ言って、帰るらしい。

「帰るん?送るで。」
そう聞くと、さやか嬢は首を横に振った。

「これからデートだから。……契約書案作ったら連絡するね。」

彼氏、いるのか。

ちょっとホッとした俺に、さやか嬢は艶然と笑って手を振った。
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