夢が醒めなくて
「そう。わかる気がするわ。孝義くんは責任感強そうですものね。信頼できるんでしょう?……結婚なら、そういうのも有りだとは思うわ。さっき、希和ちゃんは打算と言ってたけど、賢い選択だわ。」
お母さんの言葉に思わず顔を上げた。

「恋愛感情抜きで、孝義くんの好意に甘えても、狡くないの?」
「恋愛感情って一言で言っても、いろいろあるから。ほら、お見合い結婚みたいに、結婚してから愛を育む形だってあるし。」

お見合い結婚……。
ボンっと、義人氏とさやかさんの姿が脳裏に浮かんだ。
泣きそう。

「でもねー、まだ希和ちゃん、若いんだし、結婚とか考えない恋愛をしていいと思うのよね。将来も立場も関係なく、好きって気持ちだけで突っ走る恋愛。」

「……想像つきません。柄じゃないんだと思います。」
私がそう言うと、お母さんは苦笑した。

「そう?そうかな?たぶん、希和ちゃんはイイ子過ぎるんやと思うわ。恋愛は、ワガママでいいのよ。」

ワガママな恋愛。
欲望のままに奪って、飽きたら捨てるような?
……嫌悪感しかないわ。

「私もね、意地を張りすぎたの。物わかりのいいふりして我慢して……馬鹿ね。そんなことするより、泣いて縋ったほうがよっぽどマシだったわ。」 
お母さんは、ため息まじりにそう言った。

「でも、お母さんは素敵です。だからお父さんも、」

「20年我慢したの。無駄な時間だったとは言いたくないけどね、やっぱりもったいなかったわよ。もっと早くお父さんに気持ちをぶつければよかった。」
私の言葉を遮ったお母さんに、強い意志を感じた。

「そうすれば、お父さんの初恋を完全に過去に葬れたかもしれないし、その後お妾(めかけ)さんたちを作らはるのも防げたと思う。私が物わかりいいふりをして、実際はお父さんと向き合わずに逃げたから、お父さんも淋しかったのよ。遠回りしてやっと歩み寄ってみたら、話せば話すほどお互いから逃げちゃった後悔ばっかり。ほんと、馬鹿だったわ。」
そう言ったお母さんの笑顔は、むしろ清々しく見えた。




お庭の遅咲きの桜が散り、卯の花が咲いた。
「お母さんは、鮮やかな緑の葉に白い小さな花が咲いてるのが好きなんですね。すずらん、卯の花……桜もオオシマザクラ系が好きですもんね。」
私たちは、雨の日以外はお庭で午後のお茶を飲むようになった。

大きめのパラソルで直射日光を遮り、シートを敷いてピクニックのような小さなお茶会。
お母さんの大好きな赤毛のアンの世界。
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