夢が醒めなくて
「言われてみれば、そうかも。薔薇も白い小さいお花が好きだし。……希和ちゃんは、色濃い小さなお花?香りのある?」
そう聞き返されて苦笑した。

「以前はそうでした。でも、今は白い花も好きです。レモンの花とか。……さっきから、たまにイイ香りがするんですけど……何の花かな。」

このお家のお庭は広過ぎて、小山のような丘まである。
丘の向こうの小川からは松茸も採れる山が続いているけれど、そっちのほうへは行けない。
この香りは川の方からかな?

「あら、そう?……ん~?」
お母さんは少し考えて、思い当たったらしい。
「あるある。ライラック。紫と白を植えてもらったけど、白は根付かなくて。紫だけ残ってるんじゃないかな。」

「ライラック……」
聞いたことがあるような、ないような……?

「フランス語なら、リラよ。リラの花。札幌にいっぱい咲いてたの。イイ香りで。」
リラ!

「リラの花咲く頃、ですね。へ~。見たい!」
お母さんは、ニッコリ微笑んだ。


これが、リラの花?
街路樹としては素敵……かな?
何てゆーか、もさもさした花だな。
日本の華道には向かないかも。
あ。
なんか、思い出した。

「白いリラは家にないほうがいいかも。悪いことが起きるって聞いたことがあります。」
そう言うと、お母さんはうなずいた。

「昔、白いライラックが枯れた時に、義人がそんなようなことを言って、慰めてくれたわ。希和ちゃんも、優しいのね。ありがとう。」
……義人氏が……。
チクリと胸が痛んだ。


義人氏の送迎を断ってはみたものの、独りでの登下校は止められた。
朝は今まで通り義人氏の車に乗り、帰りはお母さんの運転手さんが迎えに来てくださるようになった。

車中の会話はよそよそしくなり、重苦しい空気に息が詰まる。

義人氏は、あれ以来、何も言わない。
孝義(たかよし)くんのことも、さやかさんのことも話してない。
あんなに楽しく色んな話をしてくれてたのに、今は、息をするのもためらわれる。
お互いに、胸の痛みにただ耐えているみたい。
……まるで苦行だ。

逆に、孝義くんはめちゃめちゃ優しくなった。
休み時間にわざわざうちのクラスに顔を出してくれるようになるなんて思いもしなかった。

春秋(はるあき)くんは、何だか孝義くんを応援してるように見える。
一応、お父さんは孝義くん家(ち)に断りに出向いてくださったらしいけど

「柳に風やったわ。まあ、先の話やし、気負わんと今まで通り仲良ぉしてたらええわ。」

と、結局うやむやになって先延ばしになっただけのような気がする。
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