夢が醒めなくて
孝義くんは、春秋くんと幽霊の高子さまの両方に責められたらしく、感情を押し殺した無表情と棒読みで通訳してくれた。

「俺と一緒になったら幸せにしてもらえるやろって。でも、俺以外の男でも、幸せを祈ってるから、また遊びに来てほしい、って。」

……泣きそう。
みんなが私の気持ちを尊重して、幸せを祈ってくれる。
幽霊の高子さままで。

「ありがとうございます。」
そう言って、今度はさっきより深く頭を下げた。

ふわりと、優しいつむじ風が私の髪を揺らした。
まるで髪を撫でてもらったようなそんな感覚。

キーンと水琴窟に水が落ちたような音がした気がした。
顔を上げると、ほんの一瞬、綺麗な女のヒトが見えた気がした。
太い優しい眉の昔風の美人さん。

……高子さま?

「見えた?聞こえた?」
孝義くんにそう聞かれて、首を傾げた。

「俺、聞こえた!『イチゴハユメヨ』って。苺の品種?」
春秋くんが不思議そうにそう言った。

「私には、キーンって音がしたようにしか聞こえへんかったぁ。でもお姿が一瞬見えた気がする。眉の太い綺麗な女のヒト。」

ぶっ、と孝義くんが噴き出して笑った。

「怒ってる。高子さま。春秋には日本語勉強しろって。竹原には、太くない、ちゃんと手入れしてるって。」

……幽霊なのに、眉毛のお手入れするの?

「アルバム、見せてくれるって。行こうか。」
そう言って、孝義くんは洋館へと向かった。

何だか、すごく不思議。

「ねえ?さっきの『イチゴ』って『一期は夢よ、ただ狂へ』じゃない?」
歩きながら春秋くんにそう聞くと、
「あ。そうかも。最後聞き取りにくかったけど、狂えってゆーてたかも。……そやなー。希和子ちゃんは、真面目やし、周囲に気ぃ遣ってるしなあ。もっと好きなようにしたらええ、ってゆーてはるんちゃう?」
と言われた。

洋館には鍵がかかっていた。
でも階(きざはし)に古い革表紙のアルバムが置いてあった。
高子さまがどこかから私達に見せてくださるために持って来てくださった、ということらしい。

……自動閉架図書から本が出てくるみたい。

セピア色の小さな写真には、さっきの美人さんがいっぱい写っていた。

「どれも、めちゃ綺麗。着物もすごいゴージャス。高子さま、愛された幸せなお嫁さまだったんでしょうね。」

何気なくそう言ったんだけど、孝義くんはしんみりと言った。

「金かけて着飾らせても、どれだけ偏執的に愛しても……愛されたもんが幸せとは限らんけどな。」

ドキッとした。

孝義くんが、高子さまのことを言ってるのか、私を揶揄してるのかわからなかった。
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