夢が醒めなくて
「これを恋ということにしていいでしょうか?」

加賀温泉郷のうちの3つの温泉を巡る家族旅行で、私はお母さんだけでなく由未お姉さんにも恋愛相談をした。

粟津温泉の「世界一古い宿」としてギネスに載ったことのある旅館でお抹茶の接待を受けた後、まだ誰もいない露天の温泉でそう聞いた。

2人は顔を見合わせて言葉を選んでいたようだけど、しばらくして由未お姉さんが言った。
「……恋、ではないねえ。無理矢理、恋だということにしてしまおうとしてるだけ。」

「うん。お母さんもそう思う。坂巻くんを逃げ場にしようとしてるだけじゃない?」
お母さんにまでそう言われて、私はお湯の中にぶくぶくと目のすぐ下まで沈んでみた。

「希和ちゃん、のぼせるわよ?……別に焦らなくていいのに。彼氏が欲しくなったの?それとも、坂巻くんの気持ちに応えてあげたくなっちゃった?」

ドキッとした。
そんなつもりなかったけど、指摘されてみれば、そういう一面もあったかもしれない。
自惚れてるみたいで、なんだか恥ずかしい。
カバのように半分顔を温泉につけたまま、ちょっと逃げた。


翌日は山代温泉の料理旅館に移動した。
お部屋に露天温泉が付いてるけど……さすがにココに入るのは気恥ずかしい。
浴衣でちゃぷちゃぷと足湯を楽しんでると、義人氏がほうじ茶を持ってきてくれた。

「図書室、けっこう充実してるわ。後で、行くか?」
「うん。」
香ばしいお茶の香りと、温かい温泉の足湯に癒やされて、気持ちもゆる~くなってる気がする。

「お姉さん達は?」
「恭匡(やすまさ)さんと散歩。復元の古総湯を見に行った。お父さんとお母さんはお庭。」
……いつの間に……。

義人氏と2人か。
何となく息が詰まる。

「図書室、行く。」
……少なくとも、本を読むふりをしてれば、義人氏と言葉を交わす努力をしなくてすんだ。

でも、どの本を手にとっても、目が文章を追えない。
どうしても、義人氏に視線が持って行かれる。

乾ききってない髪が、いつもよりセクシーで……緩んだ浴衣の胸元が気になって気になって……
口惜しいけど、やっぱり違う。

孝義くんだって、春秋くんだって、かっこいい。
なのに、義人氏にだけ目も心も奪われてしまう。

いつか今の義人氏と同じように、孝義くんに目が釘付けになることがあるだろうか。
不意に、義人氏が眺めていた本から目を離した。
慌てて私は目を伏せる。

義人氏は、スマホをポケットから取り出した。
じっと画面をみて、ため息。

……さやかさんから、だ。

確信にも似た、不思議な直勘。
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