夢が醒めなくて
ググッと喉の奥が膨れ上がるような感覚がして胸が苦しくなる。
耳の下がざわつき、痛み、腫れ上がるような……息苦しさにうつむくと、慌てて由未お姉さんが私を抱きしめた。

びっくりした!

今まで意識して触れたこともなかったヒトが、私を抱きしめて背中をさすってくれた。

あまりにも驚き過ぎて、私は息苦しさを忘れた。

「大丈夫。大丈夫やから。もう誰も、希和子ちゃんを傷つけへんから。私も、お父さんもお母さんも……お兄ちゃんも!!!希和子ちゃんを守るから。」
由未お姉さんは、やたらと義人氏を強調した。

あからさますぎるアピールが洗脳みたいで、私は笑うと同時に何となく落ち着いた。
「希和子ちゃん?」

由未お姉さんがそっと腕をゆるめ、私の顔を覗き込んだ。
「うん。お姉さん。大好き。ありがとう。」

そう言ったら、涙がこみ上げてきた。
由未お姉さんは、突然「大好き」と言ったことにも、泣き出したことにも驚いていたけれど、再び私を抱きしめてくれた。

……イイ香り。
由未お姉さんの愛用してる香水は、日本では廃盤になったものだと言っていた。
ふわりと柑橘系のお花の香りがするけど、もう少しフローラルで、ちょっとオトナの香りが混じる。
ネロリにも似た甘さが心地よくて、私は胸いっぱい吸い込んだ。

「……最初に怖いと思ったのは、小学校の用務員さんでした。」
私は、由未お姉さんにしがみついたまま話した。

「……うん。」
由未お姉さんは静かに相づちを打った。

優しいだけじゃない、理解してくれようとする心が伝わってきて、私はまた涙をこぼした。
思えば、誰かとこんな話をしたことがなかった。
私が怖がるから、すぐに発作を起こしてしまうから……みんな気を遣って、この話題は避けた。
学校の先生も、施設の先生も、たぶん義人氏やお父さんとお母さんも……。
歯に衣着せずハッキリ怒ったりハッパをかけたりしたのは、美幸ちゃんぐらいだったな。

……美幸ちゃん、元気かな。
デビューして2年ぐらいはアイドルとして大人気だった。
でも、気がついたらテレビで観なくなり、地方営業が増え、グループは解散し……所属事務所のホーム-ページから名前が消えた。

啓也くんと義人氏は美幸ちゃんの所在を最初のうちは把握していたようだけど、私には教えてくれなかった。
たぶん、夜のお仕事、それから風俗系のお店へと働く場が変わっていったのだろう。

義人氏の尽力虚しく、美幸ちゃんは消えてしまった。

名前を変えて、地方のお店にでも移ってしまえば、もう足取りはつかめない……でも、啓也くんも義人氏も美幸ちゃんを探してる……。
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