夢が醒めなくて
たぶん私のトラウマなんか、美幸ちゃんの選んだ苦労とは比較にならないぐらいちっぽけなものだと思う。
わかってる。
美幸ちゃんに呆れられたり、笑われたり、叱られてたら……もっと早くトラウマを消化できたのだろうか。
……美幸ちゃん……逢いたいよ。



「無理して話さなくていいよ?……こんなとこで。」
いつまでも黙ってしがみついてる私に、由未お姉さんがそう言った。

確かに……ヒトは全然通らないけど、橋の上。
恭匡(やすまさ)さんと義人氏は、釣果を競うらしくズンズン上流へと遡っていく。

これだけ離れてたら、彼らに聞かれることもないだろう。
爽やかな水の流れに耳を傾けて、私は目を閉じた。

「ううん。聞いて欲しい。たぶん私、大切に守られ過ぎて……考えることを放棄してたから。本当はちゃんと向き合わなきゃいけなかったんだと思うねん。もう小学生じゃないねんし、あんなことたいしたことじゃない、って……言いたいねん。」

由未お姉さんは黙って、私の頭を、髪を撫でてくれた。
お母さんと同じ優しい指に、私は思い出したくない経験を言葉にする勇気を得た。

「用務員さんが優しくて、最初は飴ちゃんをくれたり、ジュースをくれたり……親切にしてくれてただけやったんやけど……そのうち、四六時中私を見てはることに気づいて……何となく気持ち悪くなって、用務員さんを避けるようになったの。そしたら、私の体操服とか水着が盗まれるようになって……」
思い出したら、やっぱり泣けてきた。

最初は同情されたけど、2度3度と続くと、私が管理できない子みたいに言われてしまった。
他のみんなと同じように、ちゃんとロッカーに入れておいても盗まれてしまったのに。

「放課後、4年生の夏休み前、先生のお手伝いをしていて下校時間過ぎてから下校しようとしたら、用務員さんが私を背後からつかまえて、うなじを舐めたり甘噛みしたりしてきて、そのまま自分の部屋に連れて行こうとして……恐怖で身体が動かなくて、声も出なくて、ずるずる引きずられてた私を、施設の友達が見つけてて助けてくれてんけど、用務員さんが、私は嫌がってなかった、遊んでただけって主張して……結局、用務員さんの部屋から私の体操服や水着が出てきて、逮捕されてクビにならはった。その事件の後で、学校の先生にも施設の先生にも、自分で逃げたり大声を出して助けを呼ばなかったことを責められて……」
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