夢が醒めなくて
「憧れます。お姉さん。……でも、ほんまに無理しないでください。」
心からの言葉だった。

由未お姉さんは、かなり驚いておられたけれど、照れくさそうにうなずいた。

「孝義くんって、どんな子?」
由未お姉さんにそう聞かれて、私はちょっと考えた。

「変わってはるわ。真面目で頑固で武骨。でも優しい。信頼できるヒト。絶対浮気とかしなさそう。」

「あ~~~~~~~。」
低い声でそう言ったあと、由未お姉さんは言った。

「最後のそれで、お兄ちゃんは完敗やね。まあ、自業自得やなあ。でも、あれでも、マシになったんよ。希和子ちゃんが来てから。」

「……今は真面目にお見合い相手のさやかさんとだけ、おつきあいしてはります。」
やばい、また泣きそう。
黙ってうつむいた私の頭を由未お姉さんが、ポンポンと軽く撫でるように叩いた。

「いっそ、希和子ちゃんも、孝義くんとつきあっちゃえば?お試しで。お兄ちゃん、焦りそう。希和子ちゃんも、自分の気持ち、見えてくるんじゃない?」
由未お姉さんの提案に、私は曖昧に首を傾げた。



その夜、旅館の豪華なお料理に、小さな川魚の塩焼きが5尾並んだ。
釣果は、恭匡(やすまさ)さんがイワナを2尾、義人氏が3尾……しかもそのうちの1尾は鮎だった。
実は鮎は解禁前なのだけど、道具を準備して案内してくださった旅館のかたがそっと魚籠(びく)に入れてくださったそうだ。

「恭匡さんに勝った~。」
と子供のようにはしゃぐ義人氏が、かわいかった。

「でも、もう1匹釣れるまでがんばってくれたらいいのに。6人で5匹じゃあ。」
お母さんがそう言うと、義人氏は勝者の余裕を見せた。

「いーのいーの。俺は勝利で胸いっぱい。あー、それ。鮎は、こっち。希和。」
義人氏はたった1尾の鮎を私に差し出した。
……これもお姫さま扱い、よね。
くすぐったく感じたけれど、いつものことなので遠慮せず受け取った。

お箸を入れようとしたけど、
「せっかくですし頭から、がぶーっといかれたほうがおいしいですよ。」
と、仲居さんに勧められた。

大きく口を開けて、がぶーっと食べた。
……本当は、頭も骨もひれも硬いから嫌いだし、苦味も苦手なんだけどね。

でも、義人氏が釣ったお魚だし、とがんばってみた。
やっぱり口の中にチクチクとささるし、固いし、苦い。
早く飲み込んでしまって、次は美味しい鮎の身の部分をいただきたい。

そう思って、一生懸命咀嚼して無理やり飲み込んでから、鮎を再び口元に運んで……私は悲鳴を上げてしまった。

食べたはずの鮎の頭が再び現れ、しかも片方の目が潰れて飛び出していて、ものすごく恨めしそうに私を見ていた。
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