夢が醒めなくて
「大丈夫か?釣針でも入ってた?」
慌てて義人氏が私のすぐ横に飛んできて、私の持っているお箸に挟まれた鮎の半身を覗きこんだ。

私は涙目で義人氏に訴えた。
「頭、食べたのに、また頭が出てきた……この鮎、奇形?」

ぶぶっと恭匡さんが笑った。

義人氏もホッとしたらしく、笑った。
「あー、びっくりした。なんや、そういうことか。鮎は共食いするからなあ。これも鮎や。」

そう言って義人氏は、私からそっとお箸ごと鮎を取り上げて、お腹の中で消化されてなかった鮎の頭を摘み取り、自分の口に放り込んだ。

いつもお行儀のいい義人氏が、まるで子供、それも野性児のような振る舞いだ。
「うん。鮎や。はい、ご馳走さん。俺も食えて、ちょっとラッキー。残りは普通の鮎の身ぃだけやし、希和、食べ。」
義人氏にそう促され、私はやっと鮎の身をいただけた。

……今まで食べたどの鮎よりも、美味しかった。
「美味しい……」
そう言ったら、涙がこぼれた。

義人氏は、美味しくない頭だけを食べたのに……私、どれだけ甘やかされて大切にされてるんだろう。

もう充分じゃないか。
たとえ、義人氏がさやかさんと結婚しても、私は戸籍上はずっと妹だから……変わらず接してくれるよね?
……そうか。
むしろそれって、ラッキーじゃない?

義人氏に告白して、たとえ恋愛が成就してつきあい始めたとしても、いずれは浮気されて傷ついて、我慢したり別れたりするよりも、ずっといいポジションじゃないだろうか。

そう思ったら、嘘のように気が楽になった。
妹に徹すれば、以前のように甘えてもいいんだ。

「ありがとう。」
私は義人氏に笑顔で答えた。

頬をつたった涙は、義人氏が浴衣の袖で拭いてくれた。
糊の効いたゴワゴワした綿でも、優しく感じた。


食後にみんなで百人一首をした。
お父さんはお酒を飲みながら見てらして、由未お姉さんが札を読んでくれた。
恭匡さんは噂通り、強かった!
昼間に義人氏に釣果で負けた雪辱戦の気分だったらしく、気合いの入りようが違った。

「ダメ……お母さん、食前酒が回っちゃったみたい。いち抜けたー。」
途中でお母さんがそう言って、お父さんのそばにすり寄った。

「あ。じゃあ、私が読む。お姉さん、チェンジしましょ。」

そう言ってみたけど、由未お姉さんは
「無理!私、こういうの苦手だから。希和子ちゃんのほうが絶対に強いから。そのまま続けて。」
と、譲ってくれなかった。
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