夢が醒めなくて
恭匡さんは、余裕ぶって言った。
「じゃあさ。2対1でいいよ。義人くんと希和子ちゃんの合計枚数と僕の取り札数で勝負しよ。」

すると義人氏の闘争心にも火がついたらしい。
「いいんですか?さすがに勝っちゃいますけど、それ。花、持たせてさしあげられませんよ?」
「えー。僕、負ける気しないもん。そうだねー、うーん、負けたら、希和子ちゃんに書を教えてあげてもいいよ。」

は?
何で、私?
驚いて義人氏と恭匡さんを交互に見比べた。

恭匡さんのお家は平安時代から代々、書を家識としてきたお家柄だという。
当代ご当主の恭匡さんは当然、プロの書家ということになる。
が、門外不出というか、弟子も取らないし、コンクールに出すこともないので、現代では一般的にはあまり知られてない。

「それは……」
義人氏もまた、私と恭匡さんの顔を見た。

そして私に尋ねた。
「希和。せっかくやし教わるか?」

そう言われてもなあ。
興味がないわけじゃないけど、習いたいと思ったことがないからなあ。
困った……どうお返事しよう。
あ。

「お兄さんも一緒でもいいですか?」
恐る恐る恭匡さんにそう尋ねた。

恭匡さんも義人氏も、嫌な顔をしていた。
このお二人って、仲がいいんだか悪いんだか……お互い尊敬し合ってるように見えるのにライバル心もあるようだ。
……よくわかんないわ~。

ゲームは、我々がけっこうあっさり勝ってしまった。
いつも手抜きしてた義人氏の本気モードは、徹底して勝ちにこだわる攻めカルタだった。
……てゆーか、私、ほとんど取れなかった。

ずっと義人氏、それから恭匡さんが、パーン!と札を払って取るから、私はせっせと並べ直してるうちに終わっちゃった気分。

そうか。
義人氏、今までお母さんと私に札を取らせてくれてたんだ。
口惜しいなぁ、もう。
百人一首も囲碁もかなわない。

「なるほど。義人くんを本気にさせようと思ったら、希和子ちゃんを担(かつ)げばいいんだ。」
恭匡さんは負けたことを口惜しがらず鷹揚にそう言ってみせたけど、たぶんイケズで言ったんだと思う。
でも義人氏はうっすら笑みさえ浮かべた。
「否定はしませんよ。でももう希和をだしに使うのはやめてくださいね。振り回されるのはかわいそうや。」

……ずっと兄として甘えさせてもらおうと、さっき決意したばかりなのに……すでに及び腰になってしまうほどの盛大な甘やかしっぷり。

さすがに自覚するわ。

自分がどれだけ慈しまれてるか。
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