夢が醒めなくて
ふーん、と何度かうなずいてから、由未が言った。
「それじゃぁ、何も変わんないねえ。希和子ちゃん、孝義くんに流されるなー。つきあうってゆーのも、ほだされたんでしょ?……希和子ちゃんて、百合子姫に似てる。お姫さま気質だわ。自我があるようでないわよ。簡単に流されはるわ。」

ギクッとした。

百合子に、似てるだと?
……あまり考えなかったけど……そうかもしれない。

やばい。

「まあ、ねえ。百合子姫も、碧生(あおい)くんに完全に流されて、ほだされて、結婚したけど、今、めっちゃ幸せやし、希和子ちゃんも孝義くんとつきあったほうが幸せかも、とも思うのよねえ。」

由未の言うことは、わかる。
確かに、希和と坂巻くんは一生穏やかな夫婦になれそうな匂いがする。

でも、俺はそんなつもりで希和を育てたつもりはない。
かわいい俺の天使。
俺だけの小悪魔。

希和こそが、俺のベターハーフだと今は確信してる。
誰にも渡したくない。
……希和なしの人生なんて……考えられない。



その日を境に希和は変わった。
前向きに生きようとがんばってると、妹の由未は言った。

確かに、くそ暑い真夏の京都でも絶対にまとめようとしなかった長い髪を、母に編み込んでもらって後ろに垂らすようになった。

必死で隠していたうなじを半分というか、ほとんどさらしてる。
これまで陽にあたってなかった白いうなじは、ハッとするほど美しくて……希和にちょっかいをかけたロリコン変質者のおっさんの気持ちがちょっとわかった。

……いやいやいや。
俺は断じてロリコンではない。
単に許容範囲が広いだけだと思う。



「お姉ちゃん、喜んでくれるかな。」
新幹線の中、希和は朝から並んで買ってきた、餡なしの豆餅の袋をじっと見た。
……予約して誰かに買ってきてもらえば済む話なのだが……少しでも希和のそばにいたい俺が開店前から連れ出したんだけどな。

「由未もやけど、恭匡(やすまさ)さんがめちゃ喜ばはるわ。」
「そっかぁ。ね、恭匡さんのこと、何てお呼びすればいい?先生?」
「……お兄ちゃんって呼んであげたら、泣かはるんちゃうか。」

嫌味だ。
恭匡さんは、本当に泣いて喜ぶかもしれない。

でも、俺は……希和に「お兄ちゃん」と呼ばれるようになって、口惜しくて泣けた。

うちに来るまでは「義人さん」と呼んでいた。
戸籍上の妹になってからは「お兄さん」。

でも、あまり呼びかけなくなって……たまに俺の名前を言いかけて誤魔化してることが増えた。
てっきり、希和の中で、俺が兄から男へと昇格してるのだろうと、こっそりほくそ笑んでいた。

なのに、なんで「お兄ちゃん」に辿り着いてしまったんだ?
完全に兄に格下げだ。

しかも、たちの悪いことに、希和は楽しんでいる。
妹として存分に甘えることを。

そして、俺の不機嫌を。
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