夢が醒めなくて
坂巻くん、意外とボディタッチ多くないか?
ムカムカしてきた。

「ほな、ブランチ食って帰り。寝るわ。希和も。早く部屋に戻り。」
とりあえず小さな邪魔をしてみた。

「はーい。じゃ、孝義くん、おやすみなさい。」
ひらひらと、希和は坂巻くんに手を振って、パタパタとスリッパの音を鳴らしてうちに入ろうとした。

「……希和子。」
ためらいがちに、それでもハッキリと、低いイイ声で坂巻くんは希和を呼び捨てにした!

初めて呼ばれたらしく、希和も驚いているようだ。
「……え……あの……」

困ってる希和に、坂巻くんは極上の微笑みを向けた。
「おやすみ。俺の夢だけ見ろよ。」

すっかり固まってしまった希和と俺から逃げるようにそそくさと坂巻くんは茶室へと向かった。


「イロイロびっくりしすぎて……」
希和はそんな風につぶやいて、俺を見た。

「ああ。坂巻くん、イロイロ意外やったな。」

おもしろいよ。
坂巻くんの相手が希和でさえなければ、すげーおもしろい。
どうして、よりによって希和なんだろうな。

「誰かに『希和子』って呼ばれたの、はじめてかも……」
ぽーっときてる希和に、慌てて言った。

「待て待て。お父さんが、呼んでるやん。てか、俺が『希和』って呼んだんも、はじめてちゃうん?何で、坂巻くんだけ特別視するんや。」

子供のようにそう言って責めた俺を希和はちょっと睨んだ。
「もう!家族と彼氏は違うでしょ!孝義くんとつきあうの!特別なの!そんなん、当たり前やわ。」

……納得できない。
くそー。


悶々としてるうちに、夜が明けた。
明け方までマジで眠れなかった俺は、朝日の中、晴れ晴れとした顔で庭を散歩する3人を恨めしく俯瞰した。

朝秀くんがいてもおかまいなしらしく、坂巻くんは希和の背に手を添えて歩いていた。

むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくー。

サンドイッチにカラシ塗りたくってやろうか。
……希和が口に入れるかもしれないから、そんなことできないけどな。


俺の作ったサンドイッチを食って、坂巻くんは帰ってった。
「両親に希和子とつきあい始めたって報告するで。高子(たかいこ)さまにも。」

最後にそう言ってたけど、高子さま?

「んーと、ご先祖さま……じゃないか。明治時代の猊下の正妻さん?」
「……あ~。蔵書印の。」

坂巻くんが希和に貸してくれた本で知った名前だ。
確か、お公家さんのお姫(ひぃ)さん。

報告?
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