夢が醒めなくて
会社に戻って仕事してると、秘書の原さんが意味深なことを言い出した。
「十文字のお嬢さんもお心を痛めてらっしゃったでしょう。」
……は?
何の話だ?
キョトンとしてると、原さんがこれ見よがしにためいきをついた。
「……なるほど。あちらのお嬢さんのほうが上手(うわて)のようですね。……いったい、毎日顔つき合わせて何の話をしてるんだか。」
迂闊に返答できず、俺は原さんの次の言葉を待った。
美幸ちゃんのことでも、夕べのことでもない、もっと大きく事態が動いたということか。
……あ。
「もしかして、十文字の社長……再発した?」
軽くうなずいた原さんの目が冷たく光った。
「このために準備されてきたのでしょう?……でも、十文字のお嬢さんはあなたに手の内をまだ見せてないようですね。」
「……うわぁ。何か、ショック。してやられた、かも。」
考えてみりゃ、美幸ちゃんの情報ももっと早くにわかってたのに、わざわざ今日言ったのかもしれない。
俺がさやか嬢の弱みにつけ込んで裏切らないための、布石?
信頼されてないなあ。
夕べの彼女を思い出して、苦笑した。
「うん。僕が原さんに言ったの。朝、由未ちゃんの定期検診に行ったら、悪名高い人買い会社の首領が青い顔してたからさ~。3年前の肺癌の再発だって。既に脳転移したみたい。……義人くんが継ぐんだってね。」
弁護士の堀正美嬢と今後の方針を相談してから遅い時間に帰宅すると、恭匡(やすまさ)さんが笑顔で、由未と母親が不機嫌な顔で待ち構えていた。
「……なるほど。まだ家族しか知らないような話がどこから回ってきたんかと思ったら、病院で立ち聞きですか?」
嫌味の1つも言ってやりたくなったけど、恭匡さんは涼しい顔で言った。
「声が大きいから、待合で座ってても筒抜けだったんだよ。……否定しないの?義人くん、既に十文字さんの家族扱い?」
「……いや。部外者ですよ。夕べも今日も、別の餌で煙に巻かれて、」
「夕べ……」
ギクッとした。
振り返った俺は、それ以上何も言えなくなってしまった。
いつの間に来たのか、希和がドアにもたれるように立っていた。
「希和子ちゃん。向こうでお茶にしない?」
重苦しい空気を断ち切るように、由未が明るく希和を誘った。
「そうね。お母さんも飲みたい。お仕事の話は殿方に任せて、あっち行きましょ。」
母親にもそう勧められ、希和はうなずいた。
……こんなことの繰り返しだな。
希和と坂巻くんがつきあい始めてから、なるべく希和と俺が関わらないように、周囲が変に気を遣ってる。
俺も希和も従容と流されて……まともな会話を交わした記憶ははるか遠い。
由未に肩を抱かれて連れられてく希和は、まるで人形のようだった。
「十文字のお嬢さんもお心を痛めてらっしゃったでしょう。」
……は?
何の話だ?
キョトンとしてると、原さんがこれ見よがしにためいきをついた。
「……なるほど。あちらのお嬢さんのほうが上手(うわて)のようですね。……いったい、毎日顔つき合わせて何の話をしてるんだか。」
迂闊に返答できず、俺は原さんの次の言葉を待った。
美幸ちゃんのことでも、夕べのことでもない、もっと大きく事態が動いたということか。
……あ。
「もしかして、十文字の社長……再発した?」
軽くうなずいた原さんの目が冷たく光った。
「このために準備されてきたのでしょう?……でも、十文字のお嬢さんはあなたに手の内をまだ見せてないようですね。」
「……うわぁ。何か、ショック。してやられた、かも。」
考えてみりゃ、美幸ちゃんの情報ももっと早くにわかってたのに、わざわざ今日言ったのかもしれない。
俺がさやか嬢の弱みにつけ込んで裏切らないための、布石?
信頼されてないなあ。
夕べの彼女を思い出して、苦笑した。
「うん。僕が原さんに言ったの。朝、由未ちゃんの定期検診に行ったら、悪名高い人買い会社の首領が青い顔してたからさ~。3年前の肺癌の再発だって。既に脳転移したみたい。……義人くんが継ぐんだってね。」
弁護士の堀正美嬢と今後の方針を相談してから遅い時間に帰宅すると、恭匡(やすまさ)さんが笑顔で、由未と母親が不機嫌な顔で待ち構えていた。
「……なるほど。まだ家族しか知らないような話がどこから回ってきたんかと思ったら、病院で立ち聞きですか?」
嫌味の1つも言ってやりたくなったけど、恭匡さんは涼しい顔で言った。
「声が大きいから、待合で座ってても筒抜けだったんだよ。……否定しないの?義人くん、既に十文字さんの家族扱い?」
「……いや。部外者ですよ。夕べも今日も、別の餌で煙に巻かれて、」
「夕べ……」
ギクッとした。
振り返った俺は、それ以上何も言えなくなってしまった。
いつの間に来たのか、希和がドアにもたれるように立っていた。
「希和子ちゃん。向こうでお茶にしない?」
重苦しい空気を断ち切るように、由未が明るく希和を誘った。
「そうね。お母さんも飲みたい。お仕事の話は殿方に任せて、あっち行きましょ。」
母親にもそう勧められ、希和はうなずいた。
……こんなことの繰り返しだな。
希和と坂巻くんがつきあい始めてから、なるべく希和と俺が関わらないように、周囲が変に気を遣ってる。
俺も希和も従容と流されて……まともな会話を交わした記憶ははるか遠い。
由未に肩を抱かれて連れられてく希和は、まるで人形のようだった。