夢が醒めなくて
スタートの号砲が鳴ると、一斉にみんなが走り出す。
私も何玉かは投げてみたけどとても入らないので、あきらめて、せっせと玉を拾ってバスケ部の子に渡す係に徹した。

でも、終了間際に、ジャンプしてよろけた子に指を踏まれてしまった。

痛ーーーーーーい!

うずくまってると今度は背中を踏まれそうなので、私は傷めた指を押さえて戦線離脱した。

「希和子!」
「希和子!」

本部席からお父さんが叫び、応援席から孝義くんが飛び出してきた。

「踏まれた?見せてみ。」
「何か、やばそう。ズキズキする。紫。」

そーっと傷めた指を見せると、孝義くんは舌打ちした。

「骨折や。病院行こ。いや、先、保健室やな。」
そう言って孝義くんは私を抱き上げて走り出した。
生徒席がどよめきはやし立て、保護者席がざわついている。

「ね。痛いの指だけやしさ、自分で歩けるよ?」
また「姫」って揶揄されちゃう。

「あほか。希和子遅いやんけ。このほうが速いわ!」
孝義くんはそう言って、保健室へと突進した。

「先生!骨折!病院連れていきたいんやけど!」
「……あら。玉入れの間は休憩できると思ったのに。」

薬剤師の先生は、ケーキを食べていたらしく、もごもごと口を動かしながら振り向いた。
「本部席にも養護教諭いたでしょ?気の利かない若さだけが売りの先生。」 
どうやら薬剤師の先生は、保健室の先生とウマが合わないみたい。

「おったおった。でも役にたたんから、こっち連れてきたほうが早い思て。先生、病院!」
孝義くんも保健室の先生をよく思ってないみたい。

「……君、口が過ぎるわよ。」
控えめに、でも毅然と、薬剤師の先生とお話しされていた女性が孝義くんを窘めた。 
あまり高くない落ち着いたトーンの声をした、とても綺麗な女性だった。

「見せて。あら、ほんと。折れてる。痛いでしょ、これ。和田先生、私の車で先に運びましょうか?」
長い髪を手早くまとめ、両手を消毒してから私の手を取って、すぐにそう判断した妙齢の女性は明らかに手馴れていた。

「わ!助かる!私もすぐにタクシーでおいかけるわ。」
和田先生と呼ばれた薬剤師の先生は、そう言って出かける準備を始めた。

「ほな、俺も。」
「孝義くんはリレーの決勝もあるし、残ってて。」
再び私をお姫さま抱っこした孝義くんに、慌ててそう言って下ろしてもらった。

「……そうね。私の車ほぼ2人乗りなの。彼女だけのほうがいいかな。行くわよ。」
彼女に促されて、私は指を押さえて保健室を出た。

「大瀬戸先生、桜子ちゃんは?」
薬剤師の先生がそう尋ねると、大瀬戸先生と呼ばれた女性はひたいを抑えた。
「忘れてた!……いいわ、このまま、私が帰って来るまで預かってもらうよう、電話します。」
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