夢が醒めなくて
昇格というより、元に戻ったんだけどな。

施設では、義人さん、だった。
養子に来て、お兄さん、って呼ぶようになった。
去年の5月からは、お兄ちゃん。

……でも、私の中ではずーっと義人氏、だった。
思えば、最初から特別な存在だったのかもしれない。

「内緒。でも、お父さんやお母さんの前で呼べない呼称は使えへんわ。」
ほんの少しイケズな気持ちも込めてそう言った。

早くさやかさんとのこと、片付けて。
そしたら、義人氏の願い通り、何とでも呼んであげる。
……本音はとても言えないけど、生粋の京都人の義人氏にはちゃんと伝わったようだ。

『せやな。待たせてごめんな。……希和。お詫びっちゅーわけちゃうけど、土産、楽しみにしててな。』
「モノは、もういらない。お母さんが充分過ぎるほどいっぱい買うてくださってるし。」

すると義人氏は言った。
『俺からも、あげたいんや。モノもカネも心も、何もかも。』
……甘やかし過ぎやわ。
私、ますますワガママな姫になっちゃうやんか。
充分もろてるのに。

「ほな、明後日、早く帰ってきて。話したいこともあるし。……それで……一緒に、寝てくれる?」
そう言ってから慌ててつけ加えた。
「Hしたいって意味じゃないから!あのね、昔、美幸ちゃんと一緒に寝てたこととか思い出して……抱きしめてもろてると、すごく安心できて、うれしいから……」

電話の向こうで何やら呻いてから、義人氏はささやいた。
『俺も希和をずっとこの腕に抱いてたい。昼も夜もずっと。必ず叶えるから、今は夜だけで我慢してな。……ごめん。でも、愛してる。』

好き、じゃなくて、愛してる……って、義人氏は必ず言う。
言葉一つにも、義人氏の想いの深さを実感できる。

早く、逢いたい。



左手とは言え、指を骨折するとやっぱり不便だ。
折れたのは薬指だけだが、ギプスを巻いた薬指を小指と一緒に包帯で巻かれてしまった。

こうするとご飯茶碗を持つのも不安定で、毎食大変。
「希和ちゃん、骨折してるのにお作法とか考えなくていいのよ?」
お母さんはそう言ってくれたけど、恭匡(やすまさ)さんの美しい食べ方を目標にしてる私には、お茶碗を食卓に置いたままご飯を食べるなんて絶対できなかった。

……必然的にお食事量が減ってしまった。

出張から帰ってきた義人氏の笑顔が、私を見てかたまった。
「指の骨折で、何で痩せるん?」

「そうなのよ。便乗してダイエットでもないのに。」
お母さんがそう言うと、義人氏は真面目な顔で諭した。

「ダイエットとか絶対したらあかんで。」
……何となく、やらしい意味も含まれてる気がする……勘ぐり過ぎかな。
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