夢が醒めなくて
その夜、日付が変わるのを待って、義人氏のお部屋へ行った。
待ちかねたとばかりに、キスとハグの大歓迎を受けて、ふらふらになってしまった。

すぐにベッドに運ばれるのかと思ったら、義人氏自身はソファに座り、私を自分の膝に座らせた。
「希和に、お土産。褒めて。」

そして、テーブルに置いてあった封筒からメモ用紙を取り出した。
製薬会社名が印刷してある正方形のメモにはメールアドレスと簡単な走り書き。

<心配かけてごめん。
 私は元気です。>

この字、大きく四角い文字には見覚えがある。

「これ、もしかして……美幸ちゃん?」
義人氏はうれしそうにうなずいて、私の頭を撫でてくれた。

「ああ。逢ってきた。美幸ちゃん、准看護師の学校で勉強してる。事情があって今は無理やけど時期が来たらこっちに帰って来るから。」

……時期が来たら?

「美幸ちゃんも?今は事情を聞いちゃいけないの?……何で?」
美幸ちゃんの無事と居所がわかってすごくうれしいのに、ついそんな風に義人氏を責めてしまった。
義人氏はちょっと困ってたけど、ため息をついて天を仰いだ。

「希和に嘘はつかへんって誓ったから言えることだけ言うな。……俺は契約。美幸ちゃんはせっかく事態が好転したのにこじらせたくないから用心のため。……でもこれじゃ納得できひんよな。……いいわ。耳貸して。」

そう言って義人氏は、私の耳許で声にならない声で言った。
「ヒトが死ぬのを待ってる。」

さすがにギョッとした。
義人氏はばつの悪そうな顔をしていた。

「……やっぱり言葉にするときっついわ。懺悔したい気分。そんな風に思ったらあかんって自分に言い聞かせて、その時に備えてるけど、結局そういうことなんや。俺も美幸ちゃんも。……だから、これ以上、聞かんといてくれるか?」

私はコクコクッと何度もうなずいた。
誰かが死ぬことで、2人は解放される……。

私が、早く義人氏からさやかさんを遠ざけたいと思うことも、美幸ちゃんに帰ってきてほしいと思うことも……間接的に誰かの死を願うということ……なのか。

これまで毎日毎晩願ってきた。
直接義人氏に訴えることもあった。
……義人氏は、その都度どんな気持ちで聞いていたのだろう。

ダメだ。
「ごめんなさい。もう急(せ)かしません。おとなしく、待ってます。」

しょんぼりしてそう言ったら、義人氏はぎゅーっと抱きしめてくれた。
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