夢が醒めなくて
「お母さん、あのぉ……口止めされてるし、私も詳しい話は一切聞かせてもらえないんですけど……たぶん、義人さん、さやかさんとご結婚しはるつもりはないと思います。十文字の会社じゃなくて、さやかさん個人とビジネス契約結んでるらしくて。」

義人氏や、たぶんかなり把握しているお父さんや原さんには口に出せなくても、部外者の私なら言ってもいいよね?
そのつもりで遠くまで追いかけてきたんだもん。

私は、お母さんに自分の知っている限りのことを伝えた。
お母さんは到底納得できない!と泣いていたけれど、私には謝罪ではなく感謝の言葉をくれるようになった。

「ありがとう。希和ちゃん。義人を信じてくれて。」
「……信じるしかないんですよね。」

今度は私が泣けてきた。
ポロポロとこぼれた涙がお湯に溶ける。
さやかさんのことも……桜子ちゃんと夏子さんのことも……

「義人さんは確かに、不特定多数の女性と不純な交友を繰り返して来はったけど、本当は1人の女性だけを愛したいと思っていた純粋なヒトなんですね。理想通りにいかなくて義人さん自身もつらかったと思います。今もつらそうです。私がもっとオトナになって全て包み込んであげられたらって思うんですけど……どうしてもまだ飲み込めなくて……」

言ってるうちにわけがわからなくなってきた。
ただ、桜子ちゃんのことはバレちゃダメだとだけは気をつけたつもりだった。
でもお母さんはため息をついた。

「もしかして、希和ちゃん、知ってるの?……神戸の……」

神戸?
兵庫県の神戸?
わからない。
それが、夏子さん達のことを指すのか、他にも特別な女性がいるのか……
ほとんど賭けのつもりで恐る恐る名前を出してみた。

「……桜子ちゃん?」
お母さんの瞳にみるみる新しい涙が溢れた。

「知ってて……信じてくれるの?……義人を。」
いや、そこはまだ飲み込めてないんだけど……

「お母さんは、ご存じないと思ってました。私は、偶然知ってしまったんですけど、お父さんがお母さんと由未お姉ちゃんには内緒にしとくようにってお願いしたので。」
そう言ったらお母さんは、ふんっと鼻で笑ってから、また泣き出した。

「バレないわけないでしょ?お父さん、あの子の写真を後生大事に手帳に挟んでるもの。……まあ最初はお父さんの隠し子かと思って、興信所で調べてもらったんだけど。……そう。希和ちゃん、知ってしまったの。十文字のお嬢さんのことより、あの子の存在のほうが……つらいね……」
そう言って、お母さんは私をぎゅーっと抱きしめて、声をあげて泣いた。

子供みたいな豪快な泣きっぷりに、釣られて私もいっぱい泣いた。
いつまでも泣き続けてたので、お掃除のおばちゃんが困ってらした。
……ごめんなさい。
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