夢が醒めなくて
「ご注文どうされますか?うちは、はじめてのご来店ですよね?」
カウンター近くのテーブル席に座った私たちに、マスターがお水やおしぼりを持ってきてくれた。

「はい。お勧めは、こちらのハウスブレンドですか?」
春秋くんが如才なくメニューを見ながらそう尋ねた。

「そうですね。どなたさまにも美味しく召し上がっていただけると、」
「タレーラン。」

マスターの説明をわざわざ遮って、孝義くんがブレンドの中で一番高いコーヒーを注文した。

「……かしこまりました。お嬢さんはどうされますか?コーヒーは苦手ですか?」
孝義くんの無礼を笑顔で受け止めて、マスターは私にそう尋ねた。

「わかりますか?ミルクを入れないと飲めなくて。でも、チャレンジしてみます。ブレンドで。」

マスターはにっこりと極上の微笑みを残してカウンターの奥へと入った。

常連さんらしきおじさんたちとの会話を聞いてると、しきりに出てくる固有名詞があった。

「なっちゃん」と「さっちゃん」。

「夏子のなぁと、桜子のさぁ?……デレデレ。仲良さそうやな。」
孝義くんが、ケッ!と、吐き捨てるようにつぶやいた。

運ばれてきたコーヒーは、めちゃめちゃおいしかった。
何か、コーヒーの概念が変わったかも。
まるでチョコレートの原液のような、ねっとりとしたこくとまったりとした舌触り。
そして、スッキリとしたのど越し。
これは、いったい、何?

「ミルク入れるの、もったいないわ。孝義くん、そっちも味見させて。」
「俺も。孝義。ちょうだい。」
「あほか。恥ずかしいことゆーな。すみませーん。こいつらにタレーラン一杯ずつ、俺にハウスブレンド、追加してもらえますか?」

孝義くんは立ち上がってカウンターのそばまで行き、直接マスターにそう言った。

「かしこまりました。お気に召したんですね。ありがとうございます。……京都からお越しですか?」
マスターが笑顔で尋ねてきた。

「……へえ?わかりますか?」
孝義くんが挑戦的にそう言うと、春秋くんが慌ててししゃり出て行った。
「やっぱりこっちと言葉とか違うんですか?」
マスターは笑顔を貼り付けたままうなずいた。

「そうですね。関西弁じゃなくて京言葉と言うそうですね。よく言われる通り、女性は雅びに、男性はじゃらじゃら聞こえますね。うちに、年に何度も訪れる京都人男性がいるんですよ。それで覚えて聞き分けられるようになりました。」

「竹原 要人(かなと)氏?」

孝義くんがズバリそう尋ねた。
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