夢が醒めなくて
「やめてください!そんな!責めるつもりで来たんじゃないんです!」
慌てて私も床にしゃがみこんでそう言った。

夏子さんは頭を下げたまま言った。
「全部私のエゴなの。要人さんも義人くんも責めないけど、どれだけ卑怯なことをしたか。……あの時は、将来、義人くんのお嫁さんが知れば傷つくってことまで考えが及ばなくて……本当にごめんなさい。」

そして夏子さんは頭を上げた。
「義人くんに自分は相応しくないと思ってたの。でも、義人くんの子供を身ごもって、すごく幸せだったの。だから、義人くんに知らせず独りで育てたら迷惑をかけないと思ったの。……浅はか過ぎて、恥ずかしい。あなたにも、義人くんのお母さまにも、どれだけ謝っても、たぶん一生、罪悪感が消えない。」
夏子さんの両目が涙で揺れていた。



「もういいだろ?」
いつの間にかマスターが小さなデミタスカップを片手に近づいてきて、夏子さんに手渡した。
「気付け薬。」
そう言われて夏子さんが、ふっと微笑んだ。

綺麗なラインの頬をポロポロと涙が転がり落ちた。
濃いコーヒーにコニャックをたっぷり垂らしたカップに口をつけて、夏子さんは一息に飲んだ。

「私にもください。」
思わずそうお願いしたけど
「未成年でしょ?ダーメ!」
と、マスターはウインクして断った。

人あしらいのうまいところ、気が利くところ、調子のいいところが少し義人氏に似てる……かな?

夏子さんは椅子に座り直して静かに言った。
「希和子ちゃん、姫って呼ばれてるでしょ。ピッタリね。お友達にも家族にも愛されて、お上品なお嬢さんで……私ね、希和子ちゃんが義人くんのお相手ですごくうれしいの。だから、申し訳なくなったの。……十文字のお嬢さんだったらこんな気持ちにはならなかったわ。」

「いや、あの……姫は揶揄されてるだけで、私、施設育ちの、どこの馬の骨かもわからない孤児です。義人氏に相応しいところなんて一つもありません。」
真剣にそう言ったら、孝義くんが握り拳を見せてめっちゃ怒ってるアピールをしてきた。
……だって卑下してるんじゃなくて本当だもん。

でも夏子さんは首を横に振った。
「いいえ。高潔な魂って言ったら大げさ?でも、そう感じる。義人くん、ベタ惚れなんだろうな。遊んでても本当は孤独が苦手で、純粋に一途な子でしょ?常にかまって、世話して、かわいがりたくてしょうがない、根っからのお兄ちゃん気質なのよね。だから、希和子ちゃんはぴったりだと思う。……大事にしたげてね。」

孝義くんと春秋くんが無言で何度もうんうんうなずいていた。
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