夢が醒めなくて
「夏子さんもちゃんと義人氏を愛してたんですね。……よかった。」
なぜか、ホッとした。

夏子さんは目を伏せて言った。
「ええ。愛してたわ。夢のように幸せだった。私の夢は醒めちゃったけど、希和子ちゃんはこれからもずーっと義人くんと夢を見続けてね。義人くんを幸せにしたげてください。お願いします。」
……はい、と言おうとしたけど、言えなかった。

押し黙った私に、春秋くんがハラハラしてるらしく、身振り手振りで何かを伝えようとしていた。
「希和子。何、怖がってるねん。」
孝義くんは見かねたらしく口も出してきた。

ポロッと涙がこぼれた。
「……怖い、です。私、夏子さんやさやかさんみたいな美人じゃない。自信ない。……もし子供を授かっても、桜子ちゃんよりかわいくないやろし……お父さんにもお母さんにも義人氏にも悪いって……」

「あほか。」
孝義くんは鼻で笑った。

「こら。君、ほんと、口悪すぎ。……希和子ちゃん?子供はみんなかわいいから。そんなこと今から心配しなくても、」

「桜子ちゃん、かわいかった……うらやましい……」
涙があとからあとから溢れてきた。

馬鹿なこと言ってる自覚はあった。
でも、将来のことを考えると、どうしても不安だった。
一生、我が子を桜子ちゃんと比較してしまいそうで。

「変なの。希和子ちゃん、他人との比較で自分の幸せを測る子ぉちゃうやん。良くも悪くもマイペースに流されてくのに。自分の子ぉも同じやと思うで?」
春秋くんの指摘が、じんわりとひび割れた心に浸透した。

マスターが私のそばに座って言った。
「……桜子がかわいいのは造作が美しいからじゃなくて、俺たち家族や周囲のみんなに愛情をたっぷり注がれてるからだよ。こんな商売してると、つくづく思う。男も女も不細工でも愛にあふれた幸せそうな人はいい顔してる。逆に美人でもかわいくない子も多いし。心配しなくても義人くんも要人(かなと)さんも、かわいがってるあなたが産んだ子なら、めちゃめちゃにかわいがると思いますよ。案ずるより産むが易し、です。」

「いや、まだ妊娠とかしてませんから。」
慌ててそこは否定した。
でも、マスターの言うことは、すごくよくわかった。

桜子ちゃんには逢わずに帰った。
本当は逢いたかったけど、お母さんの気持ちを考えると、何となく悪い気がした。

いつか、お母さんも逢いたいよね……
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