夢が醒めなくて
お気に入りの木の下で、読書をしてみたけれど、さすがに暑い。
山に入ればもう少し涼しいのだろうけれど、1人で行くことは禁止されている。
施設の裏の山は修験道の行場とつながっているので興味津々なのだが。

こんな日は水に打たれたら気持ちいいだろうな。
今日もプールに行ってる啓也くんが羨ましい。

あ……。
ハゼランが咲いてる。
鮮やかだけど小さい花が私は好きだ。
目立たない山野草ではなく、精一杯自己主張してるのに気にもとめられないところが愛しい。

桜より紅梅、丹誠込めて育てられた大輪の薔薇より山の中の赤い原種。

そう言えば、義人氏、姿を見せないな。
夏休みは、大学のサークルで他の施設も回るらしいから忙しいのだろう。

……古い本のある図書館に連れてってくれるって言ってたけど、そんな暇ないんだろうな。

期待して待つつもりはない。
でも、小学生の間は、1人で区外に行くことは禁じられている。
知らず知らず、ため息がこぼれた。


早くオトナになりたい。
自由になりたい。
大きな図書館で本を借りて、消灯時間を気にせずベッドに寝転がって読みたい。
……私の願いは、ただそれだけだった。



夏休みが始まって数日が過ぎた。
下駄の鼻緒の試作品が完成した。
履き心地はかなりいい。
耐久性はどうだろう?

試しに施設内を下駄で過ごしてみる。
カラコロ音が鳴るけれど、涼しくて快適だった。


「じゃりン子チエ、やな。」
久しぶりにやってきた義人氏が、そう言った。
「……昔のアニメですか?」
よく知らないけど聞き覚えがある気がした。

「うん、まあ、アニメにもなったけど漫画。大阪の下町を舞台にした人情喜劇モノやけど、界隈のディープさも描いてて、学術対象にもなってるわ。けっこうおもしろいで。読む?」
ディープって……どこまで、ディープなんだろう。

返答に窮してると、義人氏は膝を折って私と目線を合わせた。
「たぶん図書館にもあるわ。行く?」

今日!?
突然の話に、私は舞い上がった。
言葉にならなかったけれど、私はぶんぶんと首を縦に振った。

義人氏は、施設の先生と他の児童にも声をかけた。
ほとんどの児童は啓也くん達とプールに行っている。

「じゃあ、私、行く!」
そんなに読書好きな印象のない照美ちゃんが参加してくれた。

義人氏と2人だけでの外出が続くのは避けたかったので、私は照美ちゃんに感謝した。
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