夢が醒めなくて
「今日は車で来てん。」
なるほど、この間乗ったバスがかなりこんでいたことを思い出した。
……あのとき、義人氏は、私に触れないように気遣いながらも、壁になってくれていたことも。

嫌味なぐらい、紳士的。

今も、わざわざ照美ちゃんと私のために後部座席のドアを開けるだけじゃなく、真新しい踏み台を出してくれた。
車高の高い車なので、気遣って準備してくれたらしい。

「これ、ベンツ?」
小声で照美ちゃんが私に聞いたけれど、私は首をかしげた。

ベンツってセダンだけじゃないんだ。
こんなRV車みたいな形もあることを、はじめて知った。

それに高級車のシートって、柔らかいと思ってた。
けっこう堅い。
シートベルトも、威圧感あるわ。

「義人さん。忙しかったん?」
照美ちゃんが話しかけると、義人氏はミラー越しに私達を見ながら返事した。
「うん?まあ、そうやね。先週は、東京から妹が帰って来てたから。」

……妹さんがいるんだ。
なるほど、それで女あしらいが上手いのか。

「そうやったんや。てっきり他の施設にボランティア回ってはるんやと思ってた。」
あれ?
照美ちゃんの言葉に、ほんの少しの棘を感じた。
もしかして、照美ちゃん……?

「回ってたで~。病院と介護施設。おかげで、クタクタ。」
義人氏はそう言って、肩を上下させながら首を回した。

「でも君らに逢うたら、元気もらえたわ。」
ちょうど赤信号になったので、義人氏はわざわざ振り返って言った。
「ありがとう。」

……あかんってば。
今、そんなくっさいこと、真面目に言うたら……照美ちゃんが……完落ちしちゃいそう。

エアコンで快適な車内のはずが、何だか右側の照美ちゃんから熱が出てるような錯覚を感じた。


「さて。どこがいい?市立中央図書館、府立図書館、総合資料館、大学の図書館も申請したら入れるとこあるけど。一番近いのは府立図書館やけど。」
「府立でお願いします。」
岡崎界隈へ行くたびに気になっていた建物だ。

「了解。あそこは開架図書は少ないけどパソコンで検索して請求すればすぐに豊富な閉架図書が見られるし、ちょうどいいと思うわ。……照美ちゃんは?どんな本、読むん?」

「何でも!読みます!あるものを……適当に……」
照美ちゃんの声が妙にひっくり返った。

ああ、やっぱり。
美幸ちゃんも義人氏にはベッタベタに甘えてるし……めんどうなことにならないといいな。

罪な男ってこういうヒトのことを言うんだろうな、と私は義人氏の後頭部を睨みつけた。
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