夢が醒めなくて
小門は、ちょっとびっくりしたようだったが、照れくさそうにうなずいた。
「そうしてくれよったら助かる。なるべく早く帰って、子供と遊んでやりたいねん。」

胸の奥がチリチリと焼き付くように痛んだ。

「そうか。ほな、また電話するわ。講義の合間にイロイロ話、聞かせて。子育てとか。ボランティア、児童養護施設も行くらしいねん。」
古傷に目を背けてそう言った。

「あぁ?我が子自慢なんか聞きとーないやろうに。」
よほど子供がかわいいらしく、既に小門はデレていた。

なるほど、小門と仲良くなるには子供の話が有効そうだ。


「竹原くん!いた!もう!ミーティング始まるってば!」
花実嬢が喚きながら近づいてくる。

「今日はタイムリミットやけど、次は写真も見せて。かわいい盛りやろ。ほな。」
そう言って立ち去ろとしたら、ボソッと小門がつぶやいた。

「あー。そういや、竹原のお父さん。あの人も子供好きそうやったもんな。」
「……なに?それ。初耳。テレビか雑誌でいい人アピールしてたんちゃう?」

父は、一代で起業した会社を西日本有数の大会社に育て上げたワンマン社長だ。
正直、父に遊んでもらった記憶なんか一つもない。
息子にはプレッシャーと金を与えるのが親の役目とでも思ってるんじゃないか。

「いや、俺、遭遇したことあるんや。行きつけの喫茶店で。親戚か知り合いの妊婦さんにめちゃ親切で、心から子供の誕生を楽しみにしとられるように見えたけど。」
小門の言葉が、今度はハッキリと俺の胸をえぐった。

……そうか。
やっぱり、小門もあの店を……。

どれだけ消そうとしても消えない記憶がよみがえってくる。

「竹原くん!?」
動かない俺を、ふたたび花実嬢が呼んだ。








「私、竹原くんを誤解してたみたい。ただの女好きでも、八方美人でもなかったのね。まさか、そんなにうれしそうに赤ちゃんのオムツを替えるとは思わなかったわ。」
まだ梅雨前なのに蒸し暑い午後、俺をボランティアサークルに引っ張り込んだ浦川 花実(かさね)嬢がそう言った。

多分に揶揄を含んだ声音に苦笑して見せた。
「今さら?もう2ヶ月一緒にいるのに?花実ちゃん、ヒトを見る目がないんちゃう?」

赤ちゃんのお尻がかぶれてないことを確認してから、薄くワセリンを塗ってオムツを装着。
「これで大丈夫やな。かわいい蒙古斑がかぶれて赤くなったら猿になってしまうわ。気持ちいい?」

ご機嫌な赤ちゃんに頬ずりして、そう聞いた。
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