夢が醒めなくて
花実(かさね)嬢は、にこりともせずに横目で俺を見て言った。
「だって、竹原くん、誰に対しても同じ態度なんだもん。老若男女問わずみんなに親切って、胡散臭(うさんくさ)いじゃない?……寝ても、変わらないし。」

「え!?」
と、同じ部屋にいた保育士の女性が声を挙げた。

「花実ちゃん。」
しいっ、と人差し指を唇に宛がって、花実嬢を窘める。

かわいそうに、保育士の女性は真っ赤になって、身体を縮めた。
……ごめんね、と会釈した。


花実嬢とはゼミの新歓コンパの帰りにコクられて、そのままお持ち帰りされて以来、親しくしている。
さばさばした才女で、ゼミで馴れ馴れしく振る舞うこともないし、将来起業する気満々な野心家にしては熱心にボランティアに励んでいるのがおもしろいと思った。

でも今みたいに、自分より明らかに偏差値や学歴の低い職員さんやバイトさんは眼中に入らないらしく、学外での失言が多い。
俺は、ヒトと関わる時に加算法で評価するので、欠点をあげつらって減点したくはないのだが……ヒトを見下すヒトに対しては嫌悪感が生じる。

最近ちょっと、目に余るかな~とは思っていたのだが、どうやら潮時かもしれない。
花実嬢には花実嬢なりの理屈もあれば、俺に対する不満も蓄積してるのだろう。
何となくわかるけれど、俺にはどうすることもできない、というか、する気もない。

「ほな、養護施設のお遊戯に参加してくるわ。」

乳児院のまだ言葉を発しない無垢な赤ちゃんはもちろんかわいいけれど、第一次反抗期を迎えた腕白坊主どもの愛しさはまた格別だ。

児童養護施設で育つ子達のなかには、施設病と呼ばれる無気力な子達も多いという。
でもなるべくなら、淋しい想いをさせたくない。
遊びにも俺たちにも積極的に関わってきてほしい。

子供と女は、いくつになっても天真爛漫であってほしいよ、うん。

病院にも、介護施設にもボランティアで回っているが、俺はこの乳児院を併設する児童養護施設に来ることが一番楽しみだ。
子供達の笑顔にこんなにも胸が熱くなるなんて、思ってもみなかった。


「竹原くん。……ごめん。ちょっとイライラして、無神経だったかも。怒ってる?」
泥だらけになって子供達と転がって遊んでると、花実嬢がばつの悪い顔でそう言ってきた。

少し目が赤い。
泣いたのか。

かわいいな、と顔が自然にほころんだ。
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