夢が醒めなくて
花実(かさね)嬢は、クールなわけじゃなくて、単に自分の想いを伝えるのが上手くないだけなのだろう。
小さな頃から真面目な優等生で、ろくに人付き合いもしてないようだし。
うちの大学には男も女もそういうタイプが多い。
極端なマザコンや、オタクも多いけど。

……でもな。
子供らの前でそんな話、したらあかんわ。
その場は、笑顔でごまかした。


3時前に、子供たちはおやつを食べに食堂へと向かった。
俺は花実嬢を手招きして、人目につかない建物の陰に移動した。

花実嬢が安堵と期待でドキドキしているのが伝わってきて、ますます俺の心はクールダウンした。

「さっきのな、怒ってへんで。でも、もう終わりやなって覚悟した。花実ちゃんが、俺と一緒にいて苛つくようになったんやったらしょうがないしな。今まで、ありがとう。楽しかったわ。」
笑顔でそう言ったら、花実嬢は完全に凍りついてしまった。

……たぶん、壁ドンとかキスとかで仲直り、と思ってたのだろう。
俺は、彼女のプライドをなるべく傷つけないように、
「ごめんな。」
と、至らない自分を謝ってみせた。

花実嬢は、唇を震わせていたけれど泣きはしなかった。

しばらくの沈黙の後、花実嬢は端正な顔を歪めて口を開いた。
「わかってる。竹原くんが悪いんじゃない。ごめん。私、ちょっと焦ってたかも。あのひとが、竹原くんに色目つかうから、」
「花実ちゃん。それ以上は聞きたくないわ。品のないこと言わんとき。」
花実嬢の言葉をなるべくきつくならないように、遮った。

ぐっと、花実嬢は唇を結んだ。
薄紅色のかわいい唇がサクランボみたいで、食いつきたくなる。
かわりに、指でそっと辿った。

「ほら、そんな顔してたら、子供らが怖がるで。笑いぃや。」
そう言って微笑んだら、逆に花実嬢の瞳が潤み始めた。

……ここで泣くのか。
あーあ。

ドン引きしてることに気づくそぶりもなく、花実嬢はせつせつと語った。
俺を連れてボランティアに行くたびに、女性が色めき立つのが気に入らなかったそうだ。

特に献身的な看護士や保育士の女の子に対しては、花実嬢はコンプレックスを感じていて、その裏返しで彼女らを小馬鹿にしていたのかもしれない。
そもそもボランティアに熱心なのも、優越感と自己陶酔だと自覚しているらしい。

……例えそれが花実嬢の真実だとしても、俺の心には響かない。

これまでのようにご機嫌をとろうとなだめない俺に、花実嬢はやっと悟ってくれたようだ。

オトモダチ関係の終わりを。
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