夢が醒めなくて
「わかった。諦める。でも、ボランティアは続けてね。竹原くん、どの施設でも評判いいから。みんな、竹原くんを待ってるから。」
花実(かさね)嬢は涙をおさめて、そう言った。

「ああ。これからも、よろしく。」
一番いい形で落ち着いたことに、ホッとした。

同じゼミの友達、ボランティアサークルの仲間としてなら、花実嬢も俺も、文句のつけようのないいい関係になれるだろう。

「セフレでもいいんだけど。」
ボソッとそうこぼした花実嬢を、俺は笑顔で黙殺した。

セフレは、充分足りてます。
てか、俺に執着の強い一途な子をセフレにするのは危険すぎる。

口惜しそうに唇を噛んで踵を返した花実嬢の背中を見送って、俺は所在なく地面に腰をおろした。
やれやれ。


「セフレと、たくさんいる彼女のうちの1人と、どう違うの?」
メゾソプラノの少女の声が降ってきた。

見上げると、二階の窓から女の子が身を乗り出していた。

……まるで、ラプンツェルだな。
長い豊かな髪なのに、あまり手入れをしてないらしく、湿気でふくらみボサボサしていた。
前髪も長いし、髪で顔が半分以上隠れてるけど、利発そうな瞳が印象的だった。

「ちょっと!希和(きわ)ちゃん!やめてぇな!」
「ほんまに言うけ!?」
きわちゃん、と呼ばれた少女のすぐ後ろには、他にも何人かいるらしく、キャーキャーとにぎやかだ。

……どうやら、まずいところを見られていたらしい。

「だって、美幸ちゃんが聞けって、」
「冗談に決まってるでしょ!もう!恥ずかしいから、ヒトのせいにしんといてーよ。」
おやおや。
きわちゃんはハシゴを外されたらしく、うつむいて黙ってしまった。

「何年生?何人そこにいるんや?おりといで。」
そう声をかけると、ひょこっと綺麗な女の子が顔を出した。
この子が美幸ちゃん、かな?

「6年3人、5年1人。コーラ飲みたい!スナック菓子も!」
物怖じしない要求に、思わず顔がほころんだ。

「わかった。でも、今日は何も持ってきてへんわ。次、また、お菓子持ってくるから、今日はそこの自販機のジュースでいい?」

すると、今度は少年がぴこっと顔を出した。
「施設のジュースはおいしくないし、嫌や。門、出て、まっすぐ行った左手の角にコーラの自販機があるし。」

「でもそこまで行ったら、もうちょっとでコンビニもあるやん。」
と、眼鏡をかけた女の子も顔を出した。

モグラたたきみたいだな。
何ともいえずかわいらしくて、笑えてきた。

俺は手を上げて大きく手招きした。
「じゃあ、一緒においで。まだ門限大丈夫やろ?」

子供たちは、顔を見合わせて、小声で相談していた。
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