夢が醒めなくて
「義人らしい。優しいようで、全然優しくない。何で、こんな男、好きになってしまったのかしら。」
「……反面教師にしたらいいやん。次は、カッコ悪くてもほんまに優しい、れいだけの男、見つけるんやろ?」

れいが望む唯一の男にはなれないけど、せめて冷たい男になろうとした。
最低のクソ野郎。
でも、どこか成り切れてなかった。

「帰るわ。送って。」
唐突にれいはそう言ってベッドから降りると、シャワールームへ行った。
流水音の中に、嗚咽が混じっていた。
慰めることもできない自分が情けなかった。


れいを送ったあと、まっすぐ帰宅したけど、既に深夜2時を回っていた。
すぐに眠る気になれなくて、庭に出た。
甘いバニラのような香りが風に漂ってきた。
ヘリオトロープだな。
確か、この先に植わっていたような……。

藤棚を抜けて、小高い丘のそばに、小さいけれど色濃い紫の花が常夜灯に照らされていた。
ヘリオトロープの花言葉は、「献身的な愛」「献身」「熱望」。

……だめだ。
なんか、落ち込んできた。

自分では、言い寄ってくる女性、つきあう女性みんなに献身してるつもりだった。
でも、所詮自己満足でしかないのだろう。

長年つきあったれいの、あのやるせなさは、全部俺のせいだ。
なのに、ボランティアだなんて、俺はどこまで自惚れてるんだろう。

俺にどんな価値があるというんだ。
ただの、金と暇に事欠かない大学生でしかないくせに。
己が恥ずかしい。

献身、か。
その意味も、取り違えていたかもしれない。

しばらく風に吹かれて頭を冷やすと、おもむろに希和子ちゃんへとメールをしたためた。

<昨日はごめん。
希和子ちゃんの言った通り月並みだった。
あれからよく考えたけど、俺自身の本質は平凡な人間でしかないのに勘違いしていい気になってたような気がする。
本気で恥じている。
希和子ちゃんからの質問もちゃんと考えてみた。
結局、セフレも彼女も大差なかったよ。
どちらにも恋愛感情がない。
無理やり区別すれば、つき合っている女性が喜んでくれるためには努力して尽力してきたけれど、セフレには無理なくできる範囲でしか尽くしてない、って言えるかもしれない。
でも、本当は全てを失ってもかまわないと思えるほど尽したいし愛したい。
無償の愛を惜しみなく注いでも迷惑がられない対象をずっと探してた気がする。
これからは希和子ちゃんを溺愛する予定だから、覚悟しといて。>


翌朝、送信してしまったメールを読み返して、さすがに青ざめた。
小学生相手に、俺は、何を言ってるんだ?
……重いよな、これ。

うーん……。
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