夢が醒めなくて
「失礼します。お父さん。お忙しいのに、すみません。」
呼ばれたんだけど、最初に時間を作れと言ったのは俺だ。

「まあ、かけなさい。」
実の息子にも威厳たっぷりな父親に恭しく会釈して、黒い革のソファに座った。

「お母さんから話は聞いた。女児を里子に迎えたいという話やな?……お前は、むしろ年上の女性に惹かれると思っていたが。光源氏のつもりか?」
父親は笑みさえ浮かべて皮肉を言った。

「そんなんじゃありません。」
ムッとしたけれど、なるべく冷静さをキープしたい。
俺は心を落ち着けて、改めて父を見た。
「年齢や美醜は関係ありません。縮こまって生きている彼女の精神を解放したいと思っています。お母さんも、彼女を気にかけてるようでしたので、」

「そのことやけどな、ちょっと、引っかかって調べてみた。……お前は、聞いてるか?」
そのこと?
父親が調べたのは、希和子ちゃん個人じゃなくて、母との縁ということか?

「いえ。……まさか、本当に縁者だったのですか?」
また近親相姦かと一瞬くらくらした。

父親は書類に目を落として言った。
「少なくとも、我々家族と血縁的な繋がりはない。それに、これから話す調査結果も確証はない。ただの可能性だと思って聞いてくれたらいい。」
ホッとしたと同時に、父親が何を言い出すのかわからず、俺は別の緊張を感じた。

「まず、彼女が身に付けていたベビー服だが、全てハンドメイドだったそうや。素材もいい。……このことは公表されてないし、本人も知らないそうだが、その翌日、施設にずいぶんと多額の金が送られてきたそうだ。」

……なんだ?それ。
希和子ちゃん、いったい?

「そして、もう一つ。彼女の名前を記した半紙。」
父親はそう言いながら、写真を俺に見せた。
半紙に「希和子」と確かに書かれていたが……バランスがおかしい。
左側の余白が少なすぎる。

「記名か落款の部分を切り取った、ということですか?」

父親は、鼻で笑った。
「そうやな。でもそれ以外にも、気づくことはないか?」

……馬鹿にされてしまった。
口惜しいけれど、それ以外、俺には何らわからない。
これが、妹の由未がお世話になってる天花寺(てんげいじ)の恭匡(やすまさ)さんなら、墨の色とか筆致で何かに気づくのかもしれない。

俺が黙って口をつぐんでいると、父親が言った。
「確証はない。が、去年亡くなられた天花寺さまの手跡(て)ぇやと思う。恭匡さまや、領子(えりこ)さまに見ていただいたら鑑定してもらえるだろうが、今はまだ早い。」

父親の言葉は思ってもみないものだった。

希和子ちゃんは、恭匡さんのお父様の……隠し子?

じゃあ、領子おばさんの姪で、百合子の従妹で、恭匡さんの妹!?
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