夢が醒めなくて
「まさかそんな……」
絶句してると、ぷっと秘書の原さんが笑った。

「おい。我慢しろと言うたのに。」
父親が、原さんを窘める。

「失礼しました。義人さんが、社長のミスリードにまんまと引っかかられたので、つい。」
ミスリード?

「からかったのですか?」
父親にそう尋ねると、いけしゃあしゃあと言われた。
「お前の発想力を確認したまでだ。常識的で、月並みやな。」

「……先日、希和子ちゃんにも言われましたよ、月並みだと。」
くやしいけど否定できない。

すると父はちょっと笑った。
「事業者の二代目は冒険しなくていい。むしろ、お前の打たれ強さは評価している。気にするな。」
珍しく、慰められたらしい。
「……ありがとうございます。」


「社長。」
原さんが、父親を小声で呼んだ。
懐から携帯を出しているところをみると、どこからか連絡がきたようだ。

「……来たか。いい、待たせておけ。」
「お仕事でしょう?私が失礼しますが。」
そう言って、辞去しようとしたが、父親が止めた。

「まあ、待て。まだ話は終わってない。大切な話や。」
「大切、なんですか?お父さんにとっても?」
驚いてそう尋ねると、父親はちょっと笑った。

「家族が増えるのやろう。計算通りではないが、楽しみなことや。」
「……じゃあ、里親になってくださるんですね?ありがとうございます。」
「いや、それやけど、彼女を里子じゃなく養子に迎えようと思う。相続する遺産が目減りするかもしれんけど、かまわないか?」

は?
なんの話だ?
養子?
父親の?
希和子ちゃんが?

「理由をうかがっていいですか?」
意味が分からない。
もちろん、財産分与なんかどうでもいい。

「せっかく家族に迎えるのなら、肩身が狭くないように権利も与えるべきじゃないかと思ってな。」

気持ち悪いぐらい希和子ちゃんに親切じゃないか。
「……それだけ、ですか?」

父親がちょっと笑った。
「外聞も悪いやろう。成人男子のいる家に女の子を引き取るのに。できる限りのことをしてあげないと、おまえのおもちゃだと勘違いされたらどうする。」

ひどい言われようだな。
さすがにムッとして口をつぐんでいると、父親はさらに追い打ちをかけた。

「養子は離婚のように事実関係で離縁ということにはならんからな、たとえ彼女がお前から逃げ出しても我々も法的にも彼女を守れるというわけや。」

……父親の言い草は……今回のことじゃなくて、夏子さんのことを示唆していた。
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