夢が醒めなくて
カッとした俺はつい言わなくていいことを言ってしまった。
「すみませんね。あなたから初孫を失わせて。……根に持ってらっしゃるんですね。」

父親は、挑発と受け取ったらしい。
「当たり前だ。私は彼女を気に入っていた。愚息のせいで、彼女にも可愛い孫にも、そうしょっちゅう逢えへんなんて……お前は本当に親不孝者や。」

「……そうしょっちゅう……ね。」
それでもこっそり逢ってたのか。
この狸親父め。

……ああ、だから、家で話さないのか。
たぶん、夏子さんと子供のことは、母親にも内緒にしてくれてるのだろう。

なかったことにはできない。
でも、もう俺には関われない話だ。
父親が好意でお節介を焼いてくれてるというのなら、俺はむしろ感謝しなければいけない。

「すみませんでした。どうか、これからも、よろしくお願いします。」
そう頭を下げるしかできなかった。

俺は無力だ。




父親は満足そうに何度かうなずいてから、口を開いた。
「まあ、それはいいとして。……本題に戻ろう。お母さんは、施設の女児に誰の面影を重ねたのかは、聞いたか?」
……そういや、聞いてなかったな。

「いえ。」
「お母さんが学生時代に憧れていたお姫さま、なんだそうだ。知ってたか?」
「……何年か前に亡くなられたかたですか?お母さんが会葬に行かれたのを覚えています。確か、大寺院のお姫さまと仰ったような……」

そうだ。
覚えてる。
母親の出た女子校を運営している寺院のお姫さまで、母親が中学生の時に教師として教壇に立ってらしたという話を聞いたことがある。

確か、結婚した旧華族のご当主がアメリカで女を作って帰国しないとかで、別居されて実家へ帰って来られて、女子教育に尽力された、と言ってたっけ。
いわゆる瓜実顔の上品なお顔立ちをされていたような……ん?

……希和子ちゃんも、見るからに上品系だな。
似てないとは言えない、かもしれない。

「そのお姫さまと実家を継がれた兄上、つまり先代猊下のお母上さまは、天花寺家からお輿入れされている。」

え!?

「天花寺の?じゃあ、恭匡(やすまさ)さんのご親戚にあたるのですか?」
聞いたことないけど……。

「だいぶ遠いがな。昨年亡くなられた前ご当主のはとこに当たられるかただ。傍系だし親戚としてはあまり関係が濃くはないのだが、多少仲がよかったと推察している。この半紙を書いていただく程度には。」

父親はそう言って、さっきの「希和子」と揮毫された半紙の画像をもう一度見せてくれた。
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