夢が醒めなくて
「あくまで、想像や。確証はない。」
そう言いながらも、父は自信たっぷりに見えた。

「それじゃあ、希和子ちゃんは……」
「まだ、だ。まだ役者が揃ってない。ややこしいから、まず、聞きなさい。それから判断すればいい。お寺を継がれた先代猊下は同じ宗派の有力寺院から奥様をお迎えされた。寺の有史以来はじめての恋愛結婚だったそうや。すぐにご息女が生まれたが、奥様は数年後にお亡くなりになられた。猊下は後妻を拒み、ご息女を宝物のようにお育てされた。寺院の跡継ぎは別家から幾人かを養子に迎え、競わせたそうや。」

登場人物を頭の中で整理しながら、父親の話に聞き入った。

「これは内密の話やけど、猊下のご息女は別家の若者の1人と恋仲だったそうや。」
「……むしろ自然なことだと思いますよ。養子なら、一緒に暮らしていたのでしょう?」

でも父親は、唇に人差し指を宛がい、シーッとゼスチャーした。
「内密の話やと言うたやろう。関係者が全て鬼籍に入られても、決して公(おおやけ)にしたらあかん。これからも。……表向き、ご息女は純潔な乙女のまま宮家へ嫁がれた。そして、半年後に亡くなられた。」
「……知りませんでした。」
「無理もない。まだお前は小さかったからな。ご息女はたおやかな美女だったので国民に人気があったんやけど、宮様はすぐに後妻をお迎えされた。今もご夫婦仲睦まじいだろ?」
急に時事ネタに繋がって面食らったけれど、うなずいた。

「……で、希和子ちゃんはどこに登場するんですか?まさか、宮家に嫁がれる前に養子の別家の男の子どもを産んで、捨てたと仰るんですか?」
冗談のつもりで言ったのだが、父親はニコリともしなかった。

「確証はないと言ったろう。まあ、計算上、出産は宮家に嫁がれた後やな。」
「それは……まずいですね。」
「そういうことや。」
俺と父親は、それぞれ沈思した。


「社長。そろそろ……」
原さんに声をかけられて、我に返った。

「わかった。義人。今の話は、想像でしかない。関係者が宮様以外お亡くなりになっているので、確認のしようもない。……そのつもりでいてくれ。」
「わかりました。お父さん。ありがとうございます。」
俺が改めてそう言うと、父親の目が珍しく優しく見えた。

「……大事にしてさしあげなさい。もしかしたら、やんごとないお姫さま、かもしれん。」
血統にコンプレックスのある父親らしい決断だと思う。

でも、理由は何でもいい。

母親だけじゃなく父親も、希和子ちゃんを歓迎してくれることが、うれしくてたまらなかった。
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