夢が醒めなくて
希和子ちゃんが怪訝そうに俺を見上げていた。

「うん。」
そう返事すると、声と一緒に涙がこぼれた。

……そうか。
俺は、この子を、こんなにも愛らしい子の存在をたぶん知ることもなく、遠い異国で亡くなったあの青年に、自分を重ねたのかもしれない。

愛した女性に去られ、子どもが生まれても何も知らされない、哀れな男。
悔やんでも悔やみきれない、過去の傷。
一生消えない、後悔。

……希和子ちゃん。
君のお父さんは、どんな気持ちで……息を引き取ったのだろう。
せめて、君の存在を知っていたなら、何もかもが違っただろうに。
君がいれば……それだけで、彼は生きる力や希望を得ただろうに。
そして、希和子ちゃん自身も、肉親からの無条件の愛情を得られただろうに。

目も口もあんぐり開けて、希和子ちゃんは俺を見ていた。
そして、おもむろに白いハンカチを俺の頬にあてがおうと、爪先立ちになった。
なんともかわいくて、俺は少し膝を曲げて、希和子ちゃんの好意に甘えた。

「希和子ちゃん。」
「はい?」

かわいい。
愛しい存在。
この子の笑顔が見たい。
心からの笑顔。
幸せにしてあげたい。

「うちに、おいで。週末、遊びに。」
希和子ちゃんは、じーっと俺の顔を見つめた。

「父も、君に会いたがっている。……あとは、君の合意だけ。一度うちに来て、嫌じゃなければ、決まり。」
そう言って、希和子ちゃんに手を差し出した。

希和子ちゃんは、俺の手に視線を移し、ちょっと首を傾げてから、そっと俺の手を取った。
小さな手。
かわいい白い指。

「行こうか。許可をもらいに。希和子ちゃんが嫌じゃなかったら、土日に泊まりで来るといいよ。」
そう言って、希和子ちゃんの手を引いて歩き出した。

「……ご迷惑じゃないですか?」
そう聞かれて、思わず笑ってしまった。

「迷惑なわけないやん。これからずっと一緒に暮らしていこう、ってゆーてるのに。母なんか、希和子ちゃんの部屋をリフォームしてお迎え準備進めてるわ。……あー、壁紙とか家具とか服とか、気に入らんかったら言いや。ほっといたら、母の思うままになってしまうから、な。」

希和子ちゃんの表情は、曖昧でよくわからない。
嬉しいのか悲しいのか不安なのか……。

結局、足を止めて、屈んでその瞳をのぞきこむのが手っ取り早いんだよな。
……よし!
たぶん、嫌がってない!!

「ほな、お泊まり確定。何が食べたい?どこか行きたいとこある?」
再び歩きながらそう聞いた。

希和子ちゃんは、ちょっと考えてから口を開いた。
「お任せします。よくわからへんから。」
「ふーん?何でもいいねんで?」

重ねてそう促すと、希和子ちゃんは沈思した。
そして、言った。

「妹さんがいるって、言ってましたよね?」
「うん。由未。俺より3つ下やから、えーと、希和子ちゃんより6つ上か会いたい?」

希和子ちゃんは黙ってうなずいた。
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