ウサギとカメの物語 2


「年始の挨拶は体調良くなってからでいいって」


携帯でおそらくお義母さんと話していたであろうカメ男が電話を切ったあと、私にそう言ってきた。
新しく買ったダブルサイズのベッドに体を沈ませていた私は、ガンガン痛む頭を奮い立たせて、顔をのぞき込んでくるヤツに弱々しい笑みを向ける。


「ありがと~……。お正月早々、嫁失格~」

「そういうの、うちの親は気にしないよ」

「私は気にするの~」

「まぁ、とりあえず寝てなよ。俺はリビングにいるから」


新妻が風邪をこじらせているというのに、ヤツは「大丈夫?」とか「無理しないで」とか優しい一言をかけることも無く寝室を出ていった。


まだ見慣れない天井をぼんやり眺めながら、鼻をすする。


次に会社に出勤したら、私は「大野」じゃなくて「須和」って名乗るんだよね……。
そして、周りにも「大野さん」じゃなくて「須和さん」って呼ばれるんだよね……。


うひひ。
うきゃきゃきゃ。
うっしっし。


まだ生活感の無い寝室で1人ニヤニヤしていると、部屋のドアが急に開いた。


ビックリしてニヤニヤ笑いを顔に出したまま固まっていると、カメ男が私を見て呆れたような表情を浮かべる。


「今度はなんの妄想してんの」

「い、いや、妄想っていうか……想像?」

「同じでしょ。これ、時間ある時に見ておいて」


言い訳しているうちに、カメ男から掛け布団の上にポンと何冊か冊子をよこされた。
手を伸ばしてその冊子を手に取ると、そこには私たちの結婚の証……になるであろう色んな種類の結婚指輪が載っていた。


「ええええ。意外。意外すぎる」


思わず思っていたことが口から漏れ出て、ヤツが「なに?」と聞き返してくる。


「柊平ってさぁ、意外とこういうのちゃんと考えてくれてるんだねぇ」

「好きなの決めておいて」


ヤツを褒めているというのに、本人はなんだかとっても迷惑そうに眉を寄せる。
照れ隠しなのか、本当に迷惑に思っているのか謎な顔。
そして、結婚指輪でさえも私に丸投げっていうね。


「はいはい」


ニヤニヤというよりもニコニコ笑いに近い笑顔で返事をすると、ヤツはさっさと寝室からいなくなってしまった。


色んなブランドの色んな種類の結婚指輪は、どれもこれもキラキラから輝いていて綺麗。
こんなにたくさんの冊子を集めてくれたカメ男をちょっとだけ見直した。


そして、冊子の中の一番下に指輪とは違うものの雑誌が混ざっていることに気がついた。


「わぁ~お」


嬉しくなって、つぶやいてしまった。





それは、結婚式場のカタログだったのだ━━━━━。





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