ウサギとカメの物語 2
梢が恋人になってからは、凄まじい彼女のパワーに圧倒された。
分かってはいたものの、なんていうか……元気の塊みたいな感じで、1本線を引いていた俺の生活がゆらゆらと動き出した。
この人は凄いな、と感じていた。
あんなに熱中していたボルダリングを休んででも、彼女に会いたいと思うようになってしまったからだ。
週末だけ泊まりに来るのが定番になっていたけど、出来ることなら毎日でも家にいてほしいくらいだった。
でもそんなことは俺の口からは言えないしなぁ、と悩んで、結局ボルダリングに打ち込むことによってその気持ちを隠し続けたのだ。
いつも梢は「いつか柊平のランキングの中で、ボルダリングを超えてみせる!」とかなんとか言ってたけど、そんなのとっくの昔に超えてるよ、と言ってやりたい。
絶対に言わないけど。
素直になれないのはお互い様。
そして俺が風邪を引いて旅行をダメにした夏休み、ついに結婚を意識した。
そんな時、社内恋愛がバレて、俺の異動が決まった。
チャンスはこの時しかないと思った。
この機会を逃したら、もう二度とプロポーズのチャンスは訪れないだろう。
ネットでプロポーズの方法を検索して驚愕した。
世の中の男はこんなにも恥ずかしい思いをしなければならないのか、と。
レストランで食事中にプロポーズ?
ディナークルーズで夜景を見ながらプロポーズ?
友達に協力してもらってフラッシュモブでプロポーズ?
助手席に指輪を隠してプロポーズ?
みんなの目の前でバラの花束を渡してプロポーズ?
無理。
無理無理無理無理無理無理無理。
どう考えても無理。
誰かが見てる前でのプロポーズなんて、絶対無理。
それで考え出したのがあのプロポーズだった。
もう一生分頭をフル稼働させてプロポーズ方法を考えた俺は、これ以上は頑張れなくて。
部屋のインテリアも、結婚指輪も、式場も、なにもかも。
彼女に託した。
「もー!」「もー!」「もー!」って牛みたいに怒りながらも結局は全部やってくれる梢に感謝。
美味しいご飯を作ってくれる梢に感謝。
いつも楽しい話をして、先に自分で爆笑している梢に感謝。
俺は君に飽きることなく、人生を楽しむことが出来そうだ。
だから今日も、君を抱きしめて眠りにつこうかな。