ウサギとカメの物語 2
カメ男の手がドライヤーを勝手に止めて、そのまま私の体を抱き寄せる。
するすると生乾きの髪の毛がすくうようにかき上げられて、首筋にキスを落とされた。
どうやらヤツのスイッチが入った模様。
それが分かって無性にドキドキしてしまう私はどうしようもない。
ドキドキを悟られたくなくて、一応小さな抵抗をしてみようと色々文句を言ってみる。
「まだ髪乾いてないんですけど」
「そのうち乾くよ」
「まだ歯も磨いてないんですけど」
「あとで磨けばいいよ」
「洗面所の電気もつけっぱなしなんですけど」
「あとで消せばいいよ」
「まだ私の名前、呼んでもらってないんですけど」
「………………………………梢」
ヤツが私の名前を呼んだ直後、息も出来ないほどのキスをされた。
あとから考えたら、カメ男も私のことを「梢」って呼びたかったのかなって思った。
だって29歳と27歳のいい大人が、いつまで経っても苗字で呼び合うなんて恋人としてちょっと物足りないよね。
でもずっと苗字で呼んでいたから、どこでどうキッカケを作るべきか、切り出そうにも切り出せなくて。
なんて不器用な私たちなんだ、と笑えてくる。
ただ、どうやら名前で呼ばれて嬉しいのは私だけではなかったみたいで。
それが分かっただけでも私の気持ちはとっても盛り上がってしまって、しつこく「柊平」と呼んでしまった。
いつもの抑揚のない口調じゃなくて、優しく愛おしそうにヤツがつぶやく私の名前。
誰がなんと言おうと、とびきり特別に思えた。