ウサギとカメの物語 2
3 浮かれるウサギと、動じないカメ。
晴れてめでたくカメ男と名前で呼び合うようになった翌週。
私の名前はカメ男じゃなくて違う男にことごとく呼ばれ続け、その回数は1時間ほどで週末のカメ男を軽く越えた。
「ねぇねぇ梢ってさぁ、休みの日は何してんの?」
「梢って料理とかすんの?」
「あー、カラオケ行きてぇ!梢、今日の帰りに一緒に行かない?」
「梢~、今日のランチにお供してもいい?」
「梢~」「梢~」「梢~」………………。
私のすぐ隣に座る、この男。
高槻優斗。あだ名は優くん。
彼は人懐っこいという特徴があるものの、度を超えてプライベートな質問を仕事中にガンガンぶつけてくる。
「あのさぁ、優くん。仕事中なんだから仕事の話をしてほしいんだけど」
腕を組んで怒りのポーズをとってみるものの、それは彼には全く通じないらしい。
ちっとも気にする様子も無く、メモをとるためのA5サイズのリングノートに悠長に落書きなんかしちゃってるし。
この人は本当に単にバカな訳では無いと思う。
1度教えたことはしっかり覚えているし、時折してくる質問も割と的を得ていることばかりだ。
ただし、とにかくおちゃらけているのだ。
おしゃべりは私だって大好きだし、出来ることならノリノリで話したいところだけど。
社会人だし大人だし、仕事中は仕事に集中したい。
「そんなカリカリしないでさぁ。あ、もしかして生理前?」
あっけらかんと聞いてくる彼の頭をパシッと叩いたのは言うまでもない。
この男にはデリカシーも備わってないらしい。
「怖いって~。ドSの梢」
「うっさい!いいからその伝票綴りなさいよっ!」
「パワハラ~」
このやり取りも恒例化しちゃってるらしく、私たちの会話を盗み聞きしては事務課のみんなを笑わせていた。