奪うなら心を全部受け止めて


優朔と佳織さんの逢瀬の部屋だという事には敢えて触れず、奥様の言葉を待った。


「…解っているんです。この部屋で優朔さんと愛人が会っている事」

カードキーをバッグから取り出しテーブルに置く。悪びれた感じはない。

「…」

愛人か…。事実だが、その言い草が…少しも気を遣う素振りもないその話し方が、俺を嫌な気にさせた。

「部屋に無断で入った事は謝ります。鍵をコピーした事も謝ります。これはお返しします。
ここは松下の部屋だったのね…。
…優朔さんが自宅以外の鍵を持っている事に気がつきました。
仕事から帰ったら鞄を預かりますから。
スーツのポケットも確認します、…妻ですから。ハンカチの出し入れもします。財布の確認もします、補充しますから。…妻ですから、一応。
ある時、鍵の場所が変わるパターンがある事に気がつきました。
…帰りが特に遅い時は財布の中。…それ以外は鞄の中の何処か…」

…優朔。な?…甘いよ、お前の鍵の管理…。
それとも…なんでもないふりをして、わざとそうしておいたのか?
お前も最初から、…妻という人物を試していたのか?…。

「解っているんです。…関わってはいけない事も。夫婦の取り決めだから。
優朔さんには、愛している人がいる事も知っていて、結婚しましたから。初めから…そういう結婚ですから。勿論、私は私で自由にさせて貰ってます。なんの干渉もない。
鍵の存在を知って終ったら…知りたくなったんです。部屋の事も、どんなところで……優朔さんに大事にされているのか…知りたくなったんです。…下品でしょ?暇潰し、かしら。
後をつけたわ。私でも…そんなに難しい事じゃなかった。目立たない格好をしていれば解らないものね。
優朔さんはきちんとしているから。何時に帰るとか、予定が変わった時もいつも連絡をしてくれますから」

だから…優朔は…。奥様に対して情(じょう)があるじゃないか…。行動は把握されてるのではなく、把握させてるんだから。
決して蔑ろになんかしていない。
政略結婚だといっても、きちんと夫なんだよ。
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