奪うなら心を全部受け止めて


『簡単な朝ご飯ですが用意しておきます。食べてください。シャワー使ってください。少し用があるので出掛けて来ます』

よく眠っている佳織さんを起こさないように、ゆっくり時間をかけベッドから抜け出た。
シャワーを浴びる。

身体に残る佳織さんとの熱…。背中に回された腕の感触…。しっとりとした肌の質感。消したくはない。
…。遊びだなんて思いたくない。俺は真剣だ、俺は思わない。だけど、ぁぁ……。くそっ…。…何なんだ…。

食べてくれなくてもいい。朝食を用意してメモを残し、部屋を出た。


元々、用なんて物は何もない。
コンビニに寄った。
取り敢えず、煙草と缶コーヒーを買って店を出た。
近くの児童公園。
人影はない。まだ早い、当たり前だ。
ハハ。不審者に見えるかも知れないな…。
ベンチに座り、煙草に火をつけた。
フゥー。…。
缶コーヒーに口を付けた。
もう、帰った頃だろうか…。
まだ身仕度をしているだろうか…。
それとも、まだ、眠っているだろうか。
…それはないな。

あんな関係の後だ。顔は合わせたくないだろう。
会わずに帰りたいはず…。そう思った。
あの人は遊びだと言ったから…。そう言って流された。

思い合っているなら、こんな風にこそこそと部屋を出て来たりしない。居られるならずっと一緒に居たいから…。はぁ。
それとは違う。違うから、…だから俺は逃げたんだ。

自分の正直な気持ちをさらけ出したものの、受け入れられないのは初めから明らかだ…。
そんな事は、初めて会った時から解っていた事だ。
…それでもいいんだ。
だから、余計惹かれたんだ…。
好きになってはいけない人だから、思いが余計に募ったんだ。
…いけないと、思えば思うほど惹かれてしまうんだ。

…。

通報されない内に、ぼちぼち帰るとするか…。
さほど飲みたくもないのに買ったコーヒーを飲み干した。公園を出た自販機のゴミ箱に差し込んだ。


カチャリ…。

嘘だろ…何でだ。
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