奪うなら心を全部受け止めて
「…おはよう。お帰りなさい、啓司君」
驚いた。まさか居るなんて思わなかったから。
掛ける言葉が見つけられない。
「ごめんね。顔、合わせたく無かったでしょ?
私も…目が覚めた時、思った。…啓司君居ないし。会わずに帰った方がいいと思った。
だから、部屋に居ないでどこかに行ってくれてたのよね…。
その間に帰ってくれたらって」
グラスを拭いている。
「…また、来たいと思ったの、このお店に。
このまま帰ったら、もう二度と来れないと思った。こういう関係は二度と会わないつもりでするものなのにね。
また来たいから…だから、一宿一飯プラス、厄介な面倒を見て貰ったお礼、…してから帰ろうと思って。だから、居てごめんね」
綺麗なすっぴんのまま、テキパキと片付けていた。
「マスター?珈琲が飲みたいのですが、ありますか?」
「あ、あ、はい。俺がします」
「有難う、マスター。…啓司君」
「ブラックでいいですか?」
「はい。ブラックがいいです」
「かしこまりました」
「シャワー、使わせて頂きました。朝ご飯も頂きました。…昨夜は有難うございました。…ごめんね」
はぁ、悪魔だ。…小悪魔だと思った。ずるいよ、佳織さん、こんなのって。計算なしでしてるなら尚更ずるい。
「あ、佳織さん…俺、カッコイイ、気の利いた言葉は言えないけど…。なんていうか、太陽が昇ったら、夜の出来事はもう終わりです。
闇の中に置いて来ましたから。だから、もう、その話も終わりです。
はい、珈琲どうぞ。
ふぅ。正直、驚きましたよ…。だから声が出なかった。佳織さんの言ったように…まさか居るなんて思わなかった。
情けないでしょ?まだ、直視すら出来ない。…照れ臭いと言うか、気恥ずかしい。
…だから、朝、会っちゃいけないんですよ?あんな日の翌日は…。
普通は格好良く姿を消すものでしょ?」