奪うなら心を全部受け止めて
カランコロン…。
「あ、い、いらっしゃいませ」
「よう、啓司。どうした?吃ったりして。まだいいか?」
「あー、はい、いや。なんでもないです。勿論ですどうぞ」
「あ〜。既に、なんでもないですと言うところがなんでもあるな。バーボン、ロックで」
オーダーをしていつものようにカウンターの最奥に腰掛けた。
「どうぞ」
「サンキュ」
話し掛ける時、千景さんて呼び掛けていいのかな。
それは、俺は普通の事なんだから、意識しなくていいんだよな。いつも通りで。いいんだよな…。
この人は相手の名前、知っているのだろうか。
自然とお客さんに目を向けた。
「失礼。仲城千景さんでしょうか?」
いつの間にか、すっと近づき話しかけていた。
えー!…簡単に。いとも簡単に千景さんて断定してるし。
まあ、間違いようもないけどさ…。俺の葛藤、返してくれ〜。
あ〜ぁ。もの凄いいい男が二人並んじゃったよ。
今夜の女性客はラッキーだな。
「…貴方は?」
「失礼しました。松下と申します」
「確かに、私は仲城ですが。松下さんとおっしゃいましたね。お名前をお伺い致しましても、私には心当たりがございませんが」
どこかで一度会っていたら、忘れるような人物ではない。
「そうですよね。では…、高木の従兄弟と申しあげれば、少しご理解して頂けますでしょうか?」
「…そうですか。でも何故従兄弟の貴方が私に?」
なんの用があるって言うんだ。
「会ってみたくなったからです。それのみです。失礼な言い方ですが、貴方に興味を持ちました。待ち伏せのように、この店でお会いできるのをただ待っていました。
こんなに早くお会いできるなんて、思ってもみませんでした」