奪うなら心を全部受け止めて
あ。どれだけの時間、俺は考え込んでいたんだ。
「…見守ると言っても、大人になってからは何も役にたてない事ばかりで…。
あいつが辛い時のタイミングに側に居てやる事が出来なかった。
子供の頃にはなかった、仕事、です。大人には仕事がある。恋のみで頭を一杯にして行動する事は出来なくなる。出来たとしても行動は制限されてしまう。
個人で仕事をしていたら違うかも知れない。
勤め人ですから…当たり前ですけど自由は利かない。。だから仕方がないと言ってしまえば…冷たい話です。
…言ってもいいのかどうかですが、先輩の奥様が無断で部屋に入ってしまった事、それから妊娠された事とか、色々と聞いてしまっています。
すみません。
俺、昔から凄く聞くんです。
辛くてもこっちから聞かないとあいつは言わないから。佳織が大丈夫だ大丈夫だっていう度、本当は大丈夫なんかじゃないだろうって。
辛いことは我慢したらダメだって。
だから、無理矢理です。話させてしまったんです。佳織は悪くないです。俺が話すように言いました。
なんでも口外してはいけないんですよね?」
「そこまでご存知でしたか。
確かに口外はしない事になっています。
どこから零れるか解りませんから。
実際、うっかり話してしまうのが人間ですから。
でも貴方は大丈夫だ。佳織さんを思っている人は、佳織さんが困る事はしない。…そうですよね?
貴方と佳織さんの間に自然に培われてきたモノ。良く解りました。
何にも変えがたい信頼がある。
それは、もしかしたら優朔と佳織さんのモノより強くてもの凄く深いかも知れない。…別物ですね。
恋人同士が意識もせず、出した手に手を繋ぐような、当たり前にある愛かな。理屈ではないのです。上手く言葉にするのは難しい。
佳織さんの心は貴方で充たされている。貴方が居て、貴方に充たされているから、安心して優朔に充たされている。そんな気がします。
貴方と佳織さんは、縁はあったのだと思います」
「…縁?」
「はい。例え話が良いのか悪いのか…ですが。
生まれたばかりの雛は初めて見た動くモノを親だと思い込むそうです。
タイミングです。
佳織さんにとって初めての告白が優朔だった。
思春期という事も大いに関係していたと思います。しかも、アイツはあの容姿だ。強烈に刷り込まれた。
告白のタイミングだけだったと思います。
貴方が先なら…また違っていたのかも知れない」