奪うなら心を全部受け止めて


「…ごめんなさい。怪しい者ではないです。
ただの通りすがりの者です。
なんなら社員証か名刺をお見せ致します。
少しお待ちください、今出しますから」

「佳織ちゃん」

え…。

「あ、あ、…松下さ、ん。
あぁ……。
ごめんなさい……。びっくりして。
あぁ…。
こんなとこに居たから、不審者扱いされたのだと思いました。てっきり、警察の人に肩を叩かれたと思って。ごめんなさい」

「いや、こっちこそ驚かせてしまったみたいだね。でも…どうしたの…こんな所に」

何故居るんだ。偶然だろうとは思った。
佳織ちゃんはこっそり調べて盗み見るような事はしない。そんな姑息な事はしない。現に見たいはずもない。
絶対に会う場所ではないところで見掛けた俺の方が驚いた。

「あ、仕事です。営業先からの帰りです。たまたま通りかかったら…驚きました」

塀の陰。続々と出て来る車。二人が話している先に三人の乗った車が出て来た。
思わず背を向け佳織を隠すように抱き込んだ。
左右を確認した車は静かに走り去ったようだ。

あ…。

「ごめん。…そうだったんだ。俺は一応、警護を兼ねて居たんだけどね。今日のこれは、プライベートな事だから、俺はいいと言われていたんだ。でも、何かあってはと思って、遠目から見てた。
…何もなく帰ったから良かった。仕事は終わった。
佳織ちゃんはこれから会社に戻るの?
佳織ちゃん?…佳織ちゃん?」

「あ、あ、ごめんなさい。えっと、予定では直帰することにしてあります。少し早く終わってしまいましたけど」

「で、まだ他の訪問先とか、持ち帰りの仕事とかあるの?…佳織ちゃん…佳織ちゃん?」

「…あ、いえ。もう…帰ります」

ストンとしゃがみ込んでしまった。
急に緊張から解放されたような…体に力が入らない。

「おっと、危ない。佳織ちゃん……行こう」

「え?」

「俺の車。あっちだから、立てる?さあ、行こう」
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