奪うなら心を全部受け止めて
このまま帰しては駄目だと思った。涙さえ流せてない。そんな状況で、ではまた、なんて別れる事は出来ない。
はぁ…、俺は佳織ちゃんの、辛い場面にばかり遭遇する。…そんな役回りの運命なのだろうか。それなら、他の誰かでなくて良かった。
いつだって、どんな事だって俺が引き受ける。
「誘拐だよ?
優朔に身代金請求してやろうかな」
「え?」
佳織の手を引き駐車している車の助手席に乗せた。
「こんな格好、ほぼ黒ずくめの男が、女性を車に乗せてると、本当に誘拐犯だと思われるね」
「あ…そんな事はないと思います」
話してはいても生返事のように聞こえる、抑揚が全くない。当然だろう。
面白おかしい返答なんて出来はしない。そうされるのも不安になる。
「ドライブにつき合って?高速を少し走りたくなったんだ。
知ってる?暗くなったら工場の明かりが見えたりして、ちょっと幻想的な感じがするよ?
水蒸気が上がってたりする中、煌々とした明かりが浮き上がってね。
綺麗と思うかどうかは見る人の感性によるかな…。
街のネオンとはまた違うよ?」
「…」
覆いかぶさった。
えっ、て、顔になった。
驚いてくれたか。よし、よし。少しは心、戻って来たかな。
「ごめん、シートベルトだよ。
いつまでもしてくれないと発進出来ないから」
「あ、ごめんなさい」
いいんだよ別に。
そのままの自然な、今の気持ちの状態でいい。ちょっとずつでいいから。
「ご飯もつき合ってよ?」
優朔には連絡なし、許可なし、だ。
あいつは今日は三人で食事だ。…そんなところへ連絡は入れられない。いや、入れたくないんだ。
そもそも、俺と佳織ちゃんが一緒に居る事も説明が長くなる。
報告は後日で許して貰おうか。
高速は空いていた。気持ちいいくらいスイスイ走れる。
佳織ちゃんは動かない。車窓を流れる景色を見続けていた。
手を伸ばし、右手を取った。
俺の膝の上で握りしめた。