奪うなら心を全部受け止めて


このまま帰しては駄目だと思った。涙さえ流せてない。そんな状況で、ではまた、なんて別れる事は出来ない。
はぁ…、俺は佳織ちゃんの、辛い場面にばかり遭遇する。…そんな役回りの運命なのだろうか。それなら、他の誰かでなくて良かった。
いつだって、どんな事だって俺が引き受ける。

「誘拐だよ?
優朔に身代金請求してやろうかな」

「え?」

佳織の手を引き駐車している車の助手席に乗せた。

「こんな格好、ほぼ黒ずくめの男が、女性を車に乗せてると、本当に誘拐犯だと思われるね」

「あ…そんな事はないと思います」

話してはいても生返事のように聞こえる、抑揚が全くない。当然だろう。
面白おかしい返答なんて出来はしない。そうされるのも不安になる。

「ドライブにつき合って?高速を少し走りたくなったんだ。
知ってる?暗くなったら工場の明かりが見えたりして、ちょっと幻想的な感じがするよ?
水蒸気が上がってたりする中、煌々とした明かりが浮き上がってね。
綺麗と思うかどうかは見る人の感性によるかな…。
街のネオンとはまた違うよ?」

「…」

覆いかぶさった。

えっ、て、顔になった。
驚いてくれたか。よし、よし。少しは心、戻って来たかな。

「ごめん、シートベルトだよ。
いつまでもしてくれないと発進出来ないから」

「あ、ごめんなさい」

いいんだよ別に。
そのままの自然な、今の気持ちの状態でいい。ちょっとずつでいいから。

「ご飯もつき合ってよ?」

優朔には連絡なし、許可なし、だ。
あいつは今日は三人で食事だ。…そんなところへ連絡は入れられない。いや、入れたくないんだ。
そもそも、俺と佳織ちゃんが一緒に居る事も説明が長くなる。
報告は後日で許して貰おうか。


高速は空いていた。気持ちいいくらいスイスイ走れる。
佳織ちゃんは動かない。車窓を流れる景色を見続けていた。

手を伸ばし、右手を取った。
俺の膝の上で握りしめた。
< 194 / 216 >

この作品をシェア

pagetop