奪うなら心を全部受け止めて
指は少し動いたようだが、驚いた反応はない。
心は、またあっちの世界に行っている。
流れる景色。
何を見ている訳でもなさそうだ。
心の焦点は何に合わせているのだろうか。
泣いて眠る。そんな事にはならないだろう。
大人は中々泣けなくなるものだ。重大であればあるほど、感情は冷静になりがちだ。あったこと見たことを繰り返し思い出し考える…。はぁ。
そうだ、出るのは長い溜め息ばかりだろう。
見てしまった後悔と、どうにもできない現実。
これからも知らないところで起きる現象。
目に入ったモノ、現実を認める。それだけだ。
準備のなかった心に衝撃が走った。
今は、見たものを咀嚼している時間だ。
考えてみたら日常の一部なのだから。
考えようとしなかっただけだ。
優朔は…暮らしている。子供と識子さんと。それが日常。毎日のことだ。
別世界だと思いたかった事が、いきなり飛び込んで来ただけだ。
これは日常だ。そう思うしかない。
何も話さない。それでも今は一人で居ない方がいい。
…それが俺でいいのかどうかは解らない。
本当は、何もかも受け止めてくれて解ってくれる人、護ってくれる人の胸に飛び込みたいかも知れない。
それでもこうして手を握っている事。温もりを感じる事。
相手が俺でも、少しは孤独を感じずに居られるはずだ。
「……こうして人の休む時間にも稼動してるんですよね。
世間の人が寝静まっている時も機械は動いているんですよね。
知ってる人、…毎日気にしている人は、どのくらいいるんでしょうね…」
顔は外を向いたままだ。
「さぁどうかな…。自分の事以外は、気に掛けなければ気が付いていないかもな…。
こうやって、夜も、知らない間も、動き続けてるなんてね。
興味、関心を持たなければ、知らない人は一生知らないかもな」
「…そうですよね。……ラーメン、食べたくなりました」
「うん。食べよう」
「それから…、後でマンションに送ってくださいますか?」
「解った。じゃあ、中華街に行くか」
「はい。あー、坦々麺が食べたいです」
「了解。汁無し坦々麺の旨い店知ってる」
「じゃあ、そこに連れていってください。…胡麻団子もありますか?」
「それは、おみやにしよう。別の店で買って帰ろう」
「はい」
現実を見て知って感じた事。強くなるしか無い。
強くなければ続けられない。
目を背ける訳にはいかない。
これからもずっと続く現実だから。