奪うなら心を全部受け止めて
俺は安全な狼だと先輩に認識されてしまった。もう安心させてしまったようだ。...まぁ、いい。何を根拠に思ったか。
きっとやんわりと、俺の様子...今の想いの状態は、松下さんから其れとなく先輩に伝わっているのだろう。
勿論佳織も、俺の事は長い腐れ縁のように思っているだろう。ドキドキする心配もない。...そんな相手だからな、佳織にとって。...。
「...千景ぇ、...私の家...知らな、い、でしょ...」
お、もう飲んだのか...。はっ、俺のバーボン、飲んだのか...。ほぼ、残ってないし。はぁ、...相変わらず子供だな、向きになって飲むなんて...。
「啓司、水、水くれ。
佳織?なんでも飲んでいいってもんじゃない。
佳織大丈夫か?佳織?お〜い。佳織」
「千景さん、はい、水」
「サンキュ。ほら佳織。水だ。
少しでも飲んで薄めた方がいい。飲めるか?」
「でへ、もう、飲、めま、せん、千〜。千〜。これって懐かしいね」
バシバシ肩を叩く。
......。
「...お水、...飲ませて、…」
なんの迷いもなかった。
口に水を含んだ。佳織の後頭部を押さえ顎を上げて口に流し込んだ。ゴクッと飲んだのを確認して、もう一口、一口と飲ませた。喉が動く。
唇の端から僅かに零れる水を親指で拭った。
「へっ、あ、千景さん?!...」
「ぁあ?大丈夫だろ」
「イヤッ違う。い、今、口、口移しで水...」
啓司がアワアワしている。
「ああ。こんな事は大した事じゃない。人命救助と同じだよ」
...悪いな、啓司。利用できるものは逃さないことにしてるんだ、…昔からな。
「え?人命救助?!」
大した事ないなんて、何も煽るような言い方をしなくても...、マスター、可哀相に。...。
「仲城さんと佳織さんは長いつき合いだ。色々あるよね。...色々」
「...ま、色々、ありましたから」
はー?!なんだぁこの二人は。解り合っちゃって。俺だけアタフタして、ガキみたいじゃないか。
「松下さん、すみません。
佳織をマンションに、お願いします」
耳に口を寄せる。
「酔ってないですよね。本当は、まだ、飲んでないでしょ?」
「...ご尤も。それでは俺が与ります」
「お願いします。...明日なんか有る日みたいなんで」
明日は、12年前、優朔と佳織ちゃんがスタートした日の次の次の日だ。そう、普通の日。
そして記念日のお祝いをする特別な日。
なんだよ〜。二人で暗黙の了解みたいなの。
俺も仲間に入れて欲しい。...佳織さん...優朔って、誰だろう。う〜ん。
「マスター。佳織ちゃんの事、好きでしょ。
だだ漏れだよ?
それを隠せるようにならないとね」